<テレビ制作への危惧>接続詞の使い方も知らないテレビのディレクターが書く異様なナレーション


高橋秀樹[放送作家/日本放送作家協会・常務理事]

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「ニュース番組なのにグルメ情報ばかりやっていること」に不自然さを感じる人は多いが、それをあげつらうこともできないのがテレビの現実だ。

2時間、3時間もの放送時間を毎日放送する必要があるものの、そんなにニュース価値が、あるものだけでは埋まらない。

それに、夕方のニュースの時間帯は「グルメ程度のものにしか関心のない主婦」が多く見ているのだからしょうがないだろう、という意見も大事にしなければならない。「新しい店の紹介だ」と言っておきながら、ネットを見ればすぐわかる店しか出てこないこともあげつらってはいけない。

情報提供にあたっては、視聴者が全く知らないことではなく、ちょっと知っていることをやったほうが、視聴率が取れるという、金をかけたマーケティングによる心理分析が背景にあるのだろう。リサーチャーに丸投げで、ディレクターは事前取材もしないのは、忙しすぎるからである。これもしょうがないことだ。

ロケ先に行くとリポーターに「ええと、あ、ありました、ここです、ここです」と、初めて見つけたように装わせることもあげつらうのはやめておこう。何しろ店への取材交渉はリサーチャー任せなのだから、ディレクターは本当に初めて見た店なのかもしれないのだ。

グルメリポートを安易に笑いの芸人にさせることも、あげつらうのはやめておこう。どうせ芸人は売れたらネタを作るのをやめて、ただのタレントとして生きていこうとしているのだから、その人に仕事をあげるのも芸能界全体としては大事なことなのだろう。

食べてからの感想をなんでも「やわらか~い」という表現する異様さもあげつらうのはやめよう。

しかし、ただひとつ放送作家として許せないのは、ひどいナレーションの時だ。

ナレーター「この青椒肉絲は、値段がとても高い。しかし、いろいろな工夫がしてあるのです」

これは、許せない。 このナレーションを書いたディレクターは 、

「このナレーションは可怪しいと思わなかった。しかし、そのまま放送した」

ということだろうか。 接続詞の使い方も知らない人が、テレビを作っていることに筆者は、非常な危惧を覚える。

こういうディレクターは、「できるだけ接続詞を使わないのが美しい文章である」という教育をどこでも受けなかったのだろう。

 

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