<失われゆくテレビの醍醐味>ビートたけしをつまらなくしているのは安住アナ?


高橋秀樹[放送作家/日本放送作家協会・常務理事]

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小学館「SAPIO(サピオ)」5月号の特集は「誰がテレビを殺したのか」。

佐野眞一さんの名著「だれが『本』を殺すのか」(2001)の本歌取り。佐野さんの著書では「本」は、まだ危篤状態という扱いだが、SAPIOでは「テレビ」は、もう物故者扱いである。「テレビよ、お前はもう死んでいる」と言うことだ。

ビートたけしさんが、

「最近、テレビじゃ何も面白いことがいえなくてムカムカしてるんだ」

と、題してしゃべっている。

たけしさんと筆者は「笑ってる場合ですよ」(1980〜1982・フジテレビ)の「ブスコンテスト」以来、折に触れて一緒に仕事をさせていただいた。「オレたちひょうきん族」(1981〜1989・フジテレビ)、「OH!たけし」(1985〜1986・日本テレビ)、「報道スクープ決定版」(TBS)、「風雲!たけし城」(1986〜1989・TBS)などである。このところご無沙汰してますが、お元気のご様子、安心しました。

筆者は、以来、たけしさんをエンターティナーとして、浅草軽演劇の血を引く最後のコメディアンとして、トリックスターとして憧憬のまなざしで見つめ続けております。

この誌面で、たけしさんは、

「今のテレビはみんなオイラが考えた番組のパクリだ」

として、「スポーツ大将」(1985〜1990・テレビ朝日)、「風雲!たけし城」「元気が出るテレビ」(1985〜1996・日本テレビ)、「平成教育委員会」(1991〜・フジテレビ)を挙げていますが、まさしくその通り。

出世作でありながらたけしさんの企画ではない「オレたちひょうきん族」や「THE MANNZAI」を挙げないところは、たけしさんらしくて相変わらず潔いです。

ずいぶんお世話になっていながら、筆者は以前、

「コメンテーターとしてのたけしさんが、最近ちっとも面白くない」

と言う趣旨の発言をしました。なぜか? たけしさんはSAPIOの誌面で重要なことを述べていました。

たけし:生放送の「ニュースキャスター」(TBS)でも「これはちょっとやばいぞ」と言うところで安住紳一郎アナに話を変えられちゃう。あれは名人芸だ(笑)。

冗談めかしていますが、これは本音です。話す気が失せてしまうというケースです。それなのにナゼたけしさんは番組に、出続けているんでしょう。面白い映画を撮りたいからでしょうか。

筆者は安住アナ以前で、たけしさんの話を変える名人を2人知っています。

一人は「TVタックル」(1991〜・テレビ朝日)の阿川佐和子さんです。「TVタックル」は、収録がほとんどですから後で編集するという手もあるのでしょう。

そして、もう一人は、TBS出身の三雲孝江アナウンサーです。三雲さんが、たけしさんが息継ぎするほんのわずかな瞬間に、すっと割って入って話を引き取る技は、これぞ、アナウンサーの神業と思って舌を巻いて観ていたものです。

たけし・三雲というコンビで報道番組をやったときは、今のような窮屈な世の中ではなく、まだおおらかでした。

1998年、当時のビル・クリントン大統領とモニカ・ルインスキーさんの「不適切な関係」が話題になった年です。たけしさんは三雲さんに、

「現代の他の不適切な関係はありますか」

と問われ、フリップに太いマジックで、

「寝たきり老人とバイアグラ」

と、書いていました。大きな声で読んでもいました。

喋り続けようとしたたけしさんに、三雲さんは「次に参りましょう、田中さん」と言って声をかぶせ、田中真紀子さんに話を振ったのを覚えています。さすがの三雲さんも、たけしさんの息継ぎを待っていられなかったのでしょう。

この番組は収録だったけれど、この「寝たきり老人とバイアグラ」発言を、カットしようなどと言う人は一人も居ませんでした。むしろみんな、あそこは一切編集するなと言っていた。

これが、もう17年も前の話です。17年の歳月は、その歳月を作ってきた我々は、テレビを規制だらけにしてしまった。コンプライアンス系の人が偉くなっているテレビ局では、「寝たきり老人とバイアグラ」は、99%の確率でカットされます。

「この発言は、寝たきり老人を馬鹿にしていませんか、寝たきり老人を不快な思いにさせます。ああ、そうだ、それにバイアグラは商品名ですよ。カット、カット」

「普通はできないこと」を「何とかして実現させよう」と言うのがテレビの醍醐味のはずです。

無事これ名馬のテレビが面白くないのも仕方がありませんか、たけしさん?

 

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