<「お笑い」に優劣を決める無意味さ>NHK「バナナマンの爆笑ドラゴン」は志のない番組だ

エンタメ・芸能

高橋秀樹[放送作家/日本放送作家協会・常務理事]
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バナナマンが司会をする「爆笑ドラゴン」(9月5日土曜日夜10時NHK)を観た。なぜ見たかといと、コントと漫才が対決するという番宣を見たからである。(だいたいNHK の番宣は企業CMだと思うが、あまりやるのはよろしくないとだけ言っておく)
なぜ、コントと漫才を対決させなければならないのだろう。コントと漫才を対決させることで、何か、番組がさらに面白くなる方法でも見つけたのだろうか? だととすると大変である。時代に遅れないように番組を観なければならない。
番組を制作したIVS社は、読売テレビの色が濃い大阪系の番組制作会社だ。かつて、テリー伊藤が所属し、テレビ史に残るであろう「天才・たけしの元気が出るテレビ!!」(日本テレビ・1985〜1996)などのヒット作を手掛けた大手といっていい製作プロダクションである。
漫才チームはキャプテンが中川家。そしてコントチームは東京03。それぞれ「M-1」と「キングオブコント」でチャンピオン位を獲得している。
筆者が番組を観た時は、どうやら第2回であるらしい。第1回はコントチームが負けたので、今回は雪辱だ、と言っている。それぞれのキャプテンが、「今一番面白い勝てる芸人を自らドラフトし、チーム対抗で戦う」のだそうである。
勝てる芸人の人選方法は、「スケジュールが、あった人にでてもらった」(番組のなかで3番目くらいにおもしろいギャグだった)そうだ。
で、両キャプテンの推薦で粛々とコントと漫才が対決。どっちが勝ったかを客の投票で決める。別に何の工夫もない番組だった。
第一対戦はナイツとジャングルポケット。ナイツは、マセキ芸能社、漫才協会、落語芸術協会所属。ジャングルポケットは吉本の所属である。両者とも既に売れている。どちらも、看板になるユニットだ。
この対戦が終わって客が投票した。その後、面白いことが起こった。MCが、どっちが勝ったかはこの対戦直後には発表しないことにすると言った。自ら番組の設定を壊したのである。
なぜ発表しないのか。どちらが面白かったかを大々的に発表するのはまずいという、芸能界的な論理が働いたとしか筆者には思えなかった。
そもそも、笑いに関して、どちらが面白いかを決めることに筆者は否定的だ。笑いには好きか嫌いかがあるだけで、優劣を決めるのはおかしい、という考えからだ。だからフィギュアスケートやシンクロナイズドスイミングも嫌いだ。
「M-1」は、優劣を決め、チャンピオンを生む。だが、これは許したい。新人が羽ばたくきっかけを与えるという志が、番組にあるからだ。
芥川賞をあげるから、次作に期待しているよ、と言うことだ。チャンピオンになった人はそのネタが好きな人がたまたま審査員に多かったと言うことだ。だから、チャンピオンになれなかった南海キャンディーズや、オードリーのほうがその後は大きく売れると言うこともある。
優劣を決める、ランキングをつけるという背景には、必ず利権が絡んでいる。そこも嫌である。
筆者が見た「爆笑ドラゴン」は、番組の型式として対決で優劣を決めるという方法を選んだが、これはその方が面白いと思ったからだろうが、その方が面白くなっていないところに問題があった。対戦は別に面白くない。紅白歌合戦で最も面白いのはどちらが勝つかである、という人はいないだろう。
筆者はテレビ番組の構成という仕事をやっているが、本来の純粋な意味での構成はどういう仕事かというと、たとえば歌番組の曲順を流れるように見やすいように並べることだ。並べるだけなら誰でもできるという考えは違う。プロは志で並べているからだ。
これを「笑い」に当てはめて考えると、より面白くなるように、見やすいようにネタの順番を決めることである。ネタが次々と出てくる番組では視聴率が取れないという反論がすぐ聞こえてきそうだが、それは工夫がないだけである。
「爆笑ドラゴン」には、コントでも漫才でもない。いわゆる珍芸というジャンルにはいる人が出ていた。「ゆんぼだんぶ」は出っ腹で擬音を出し、「シューマッハ」は犬の形態模写。こういう珍芸はコントや漫才のつなぎとしてみせるには都合が良い。
珍芸や曲芸マジックを入れながら、笑いのショウを構成すれば、良いショウができあがる。古臭い演芸番組にしろ、方法は何も対戦形式にすることだけではないのである。
落語会の二大巨頭といえば、破調の古今亭志ん生、正調の桂文楽だ。筆者は破調の古今亭志ん生の方がすきだが、正調の桂文楽との優劣はない。そういうことだ。
 
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