<ドキュメンタリー番組の原型は応援>実現困難な「冷凍すし」に30億を夢見る挑戦者たち
高橋正嘉[TBS「時事放談」プロデューサー]
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テレビ番組のネタはいつも変わっていくものである。一年も経てばすぐに古くなってしまう。だから制作者は次から次へと新しいネタを求めていくことになる。
しかし、作り方の基本というのはそうは変わらない。テロップの入れ方や編集技術は確かに変わる。しかしこれは面白がり方の本質とはあまり関係ない。作り方とはどう面白がるかの方法論のことだ。これが大事だ。だが、現実は方法論を考えずに情報を出すことばかりに汲々としていることが多い。
以前、「冷凍すし」を取材したことがある。「すし」の冷凍は難しい。その原因は「すしネタ」と「すし飯」を一緒に解凍しなければならないことだという。ご飯の解凍は家でもしょっちゅうやっていることだ。マグロもそもそも冷凍してあるほうが多い。これを一緒に解凍する、というただこの条件が加わるだけで難しくなる。
一緒に解凍する・・・これだけの工夫が出来ずに、日本中いろいろな研究者が何年も研究し続けているのだ。
富山の「冷凍すし」の会社を取材した。鱒寿司で実績を残し、江戸前の握りに参入した会社だ。試行錯誤を繰り返していた。すしネタの解凍とシャリの解凍時間が違うことをシャリの水分量の調整で解消しようとしていた。富山大学と共同研究で、シャリの水分量を上げようというのだ。
しかしシャリがべちゃべちゃになってしまってはおいしくない。いかに保水性を高めるかという研究していたのだが、その研究が難しいと言っていた。
また、解凍は簡単でなければならない。電子レンジに入れ何十秒かするとおいしくなっていなければならない。だが、すしネタでも角のあるものは電子レンジで解凍するときに温度が上がりやすい。時には煮えてしまうことがあるという。これではすしにならない。
切り方も工夫しなければならない。レンジの中にすしを並べる並べ方にも問題があった。ターンテーブルで回っているのだが、中心部分は熱くなりやすいという。レンジの中でどこに何を置くかも試行錯誤を続けていた。
また材料によっても違う。ウニは難しい。解凍したときにドリップ(汁)が出てしまう。卵焼きは簡単だとか、いろいろな説明を受けた。そうすると何でも出来るというわけではない。結局、限定した握りのセットしか出来ないことになる。まず「すし」を置くための型を作り、どこに何を置くかを決め、それ以外の配置は出来ないようにしてお好みセットが完成した。
工場の生産ラインの増設計画も立てていた。研究はまだ途中だったが、解決できない課題ではない、と売り上げ目標を拡大させ、夢はどんどん広がっていた。
番組作りの中心に何をおくか? 結局、開発の難しさより、この「夢」のほうがふさわしいと思った。会社は試作品の売込みをしようとしていた。その売り込みの様子を撮影することにした。
営業担当者は開発者の息子だった。研究者の父親以上にこの「冷凍すし」に夢を持っていた。30億円の売り上げの極秘目標を立てていたのだ。
「東京で売りたい。」
彼はその夢を持って飛び込み営業に向かった。銀座のカラオケ屋で飛び込み営業をする。話を聞いてくれる店が見つかると「冷凍すし」のセットを取り出し、早速試食してもらう。電子レンジでチンする。簡単に解凍できるか、煮えたりしないか、汁(ドリップ)は出ていないか、チェックポイントはたくさんある。
作業をする店員を真剣に見入る。店員が食べる。30億円の売り上げがかかっている。「おいしい」と店員が言う。営業マンの息子は本当にうれしそうな顔をした。
そんな時は、営業マンは意気揚々と銀座通りを歩いた。目標は30億円。飛び込み営業は楽ではない。しかし彼には夢があるから、苦にはならなかった。聞かれれば目標30億円と何度でも答えた。
もちろん、「冷凍すし」はすぐ完成したわけではない。日本中の研究者がそれから10年以上研究したがなかなか成功しない。具の選択や解凍法などでさまざまな制約がつく。多くの人が海外進出やチェーン店化を夢見る。だが、なかなか握りたての味に勝てない。
「冷凍すし」では説明は最小のことしか必要がなかった。むしろ夢を追う若者の純粋さが必要だった。30億円をからかいたくもなるが、夢を追う若者の姿はほほえましくもあり、実際その可能性もあった。だからみな開発競争に励んだのだ。その夢は純粋であればあるほど応援してみたくなる。
感情移入できるか、応援できるか、ドキュメンタリーのひとつの原型がそこにある。応援が一番基本的な方法論だ。
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