<佐世保女子高生殺害事件>自閉症スペクトラム者を殺人と結びつけるのは妥当性を欠くニュースだ

社会・メディア

高橋秀樹[放送作家/日本放送作家協会・常務理事/社会臨床学会会員]
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自閉症スペクトラム学会及び社会臨床学会の会員として次のニュース報道に関して所感を述べる。まず、事件の概要である。
佐世保女子高生殺害事件は、2014年7月26日に長崎県佐世保市で発生した殺人事件である。被害者は佐世保市の公立高校に通う女子生徒であった。逮捕されたのは遺体が発見されたマンションに住む、同級生の女子生徒。
逮捕容疑は、被害者を自宅マンションにて後頭部を鈍器のようなもので数回殴り、ひも状のもので首を絞めて殺害したと言うものである。県警によると遺体は首と左手首が切断されていた。
この事件に関して長崎家庭裁判所は13日、「決定」を下した。少年審判であるから「判決」ではなく、「決定」であることにまず要注意である。
この決定に関するTBS「Nスタ ニュースi」の報道。

(以下引用)去年7月、長崎県佐世保市で当時15歳の女子高校生が同級生を殺害した事件で、長崎家庭裁判所は13日、加害少女を医療少年院に送致することを決めました。家裁は、少女が小学生のとき、猫を殺したことに加え、去年、父親の殺害に失敗したことで殺人欲求が強まったとしたほか、少女が特異な対象に過度な関心を抱く重度の自閉症スペクトラム障害であったことなどが同級生殺害につながったとしています。一方で、少女は謝罪の言葉を述べるなど変化の兆しは見られるものの、いまだに殺人欲求を抱き続けており、更生のためには長期間の治療教育が望ましいとしています。(引用終わり)

通常の裁判の「判決」は傍聴すれば聞くことが出来るし、報道の便宜を図るという意図から、(本来は存在しないはずの)「判決」のコピーを手に入れることが出来る。一方、家裁の決定は原則、発表されない。
内容を知るには被疑者、被害者遺族、それぞれの弁護士などから聞き取ることになる。その結果が上記のニュースになったと考えよう。JNN系列であるからNBC長崎放送の取材である。ところで上記のニュースは筆者から見ると問題があると言わざるを得ない。

家裁は少女が特異な対象に過度な関心を抱く重度の自閉症スペクトラム障害であったことなどが同級生殺害につながった

 の部分である。これの文脈では、完全に「自閉症スペクトラムが原因で殺人を行った」という事になってしまう。自閉症スペクトラム者(Autistic Spectrum Disorder(s)略称:ASD)が、事件を起こす頻度が健常者より高いと言うことには何の有意なデータもない。
今は、自閉症者が自閉症者であることを自らカミングアウトして健常者と共に生きるという流れであることも考え合わせると、このニュースの表現は完全に適切さを欠いている。
自閉症の研究者である、よこはま発達クリニックの内山登起夫医師は次のように述べている。

「アスペルガー症候群(言葉や知的障害のない自閉症)の人が、そうでない人々より犯罪を犯しやすいというデータはありません。私はアスペルガー症候群の人を日本、英国合わせて200人以上診てきましたが、重大な犯罪に関与した人はいませんでした。彼らの多くは他者を疑うことを知らないために、いわゆる非行少年たちの手先として利用されて、警察が関与するということはありえるでしょう。また学校などでは、いじめの被害者となっていることが非常に多く、警戒するよりも守らなければならないことの方がはるかに多いといっていいでしょう。」

さて、このニュース通りのことを鑑定医が鑑定結果として採用したとすれば、鑑定に当たったのは自閉症の知識がない精神科医ということになるかもしれない。(残念ながらこういう精神科医は沢山いる)または、鑑定医が独自の新しい主張をしたと言うことにもなる。
取材の伝言ゲームの過程でそういう文脈に変わってしまったとすれば取材した記者が、自閉症スペクトラムのことを調ベもせずに書いた怠慢が指摘される。
ところで、このニュースでは2013年に改訂されたアメリカ精神医学会の「精神障害の診断と統計マニュアルDSM-5」の診断名である自閉症スペクトラム障害と言う言葉を使っている。ここで問題になるのは「重度の“自閉症スペクトラム障害”」という表現である。
「重度の」と言う場合、かつての自閉症では、言葉を発しない、知的障害を伴うと言う判断であった。しかし、自閉症スペクトラムでは重度という言葉は基本的に使わない。最新の日本語訳では重症度と言う言葉を使っており、そのレベルが1から3まで設定される。
つまり、最新の診断基準と旧来の診断基準が混用されているわけで、鑑定医や裁判長に落ち度があったのか、記者の取材に不備があったのかどちらかである。
さて、同じニュースを他の報道機関はどう伝えたのか。NHKのWEBニュース。

(以下部分引用)長崎家庭裁判所の平井健一郎裁判長は「被害者の尊厳を踏みにじった殺人であり、計画性の高さや殺意の強さも際立っている」と指摘しました。そのうえで、「心神喪失などに至るような精神的な障害は認められないものの、少女の特性が人を殺したいという欲求の形成に大きく影響している点を考慮すべきで、少女はいまだに人を殺したいという欲求を持っている。少女の立ち直りのためには、精神科の医師などが少女の特性に応じた教育と治療を長期間にわたって行うことが必要だ」と述べ、専門的な治療を受けられる「第3種少年院」に送る決定をしました。(引用終わり)

自閉症スペクトラムという言葉は一言も出てこない。次は朝日新聞デジタル。

(以下部分引用)審判は非公開。家裁の決定要旨によると、少女は昨年7月26日、一人暮らしをしていた佐世保市の自宅で女子生徒の頭をハンマーで殴り、首を絞めるなどして殺害し、遺体を損壊した。家裁は、少女が重度の自閉症スペクトラム障害だと指摘。医療少年院で治療や矯正にあたるのが適切だと判断した。(引用終わり)

朝日新聞の記事からは、重大事件であったために、決定要旨が記者の便宜をはかって配られたのではないかと推測できる。さらに、この中には、重度の自閉症スペクトラム障害という表現もあったと思われる。ただし朝日新聞では自閉症スペクトラムと殺人を直接結びつける表現は行っていない。慎重で短絡的ではない記事の書き方で、この表現は妥当であると思う。
ちなみに、DSM-5の診断名である自閉症スペクトラムとは、これまでの自閉症を濃いタイプから薄いタイプまでさらに健常者まで、スペクトラム(連続体)ととらえようという考え方である。自閉症の発言様態をグラデーションでとらえようというのである。
日本でもこの考え方に、今後傾いていくと考えるが、厚生労働省や発達障害者支援法はWHOの診断基準であるICD-10(現在改訂作業中)を採用しており、そこには自閉症スペクトラム障害という診断名は存在しない。
 
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