AERA特集「テレビの大逆襲」に見えるテレビ業界の病根

社会・メディア

高橋秀樹[放送作家/日本放送作家協会・常務理事]
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琉球のことわざにこんなものがある。

「「物(むぬ)呉(く)ゆすどぅ我が御主(うしゅ)」

物(カネ)をくれる人こそが(私の)主人だ、という意味である。これは微妙な地政学的位置にあった琉球人のしたたかさを表現したことわざだと筆者は解する。中国を、大和(島津藩・日本政府)を、そしてアメリカを主人として琉球は生き抜いてきた。
基本的にフリーランスである筆者のような放送作家という職業人にとっても、『金をくれる人こそ主人』である。筆者は番組をつくるに当たって、テレビ局にも雇われ、下請けの製作会社にも雇われ、映画会社にも雇われた。CMスポンサーにも広告代理店にも劇団にも雇われた。もちろん、芸能プロダクションにも雇われた。
経験的に、最も割の良いギャラは芸能プロダクションであった。ただの仕事もしたが、ギャラをもらえず逃げられたこともあった。
フリーランスの放送作家はダボハゼ(何にでも食いつく)である。生きていくためには、何にでも食いつく。当然そうではない人もいらっしゃるから「筆者は」と言い換えておこう。
金をくれるとあらば、どんなジャンルの番組もやった。コントを書いた。漫才を書いた、クイズの問題をつくって構成をした。歌番組で歌の順番を決めた。
ワイドショーをやった。報道番組をやった。ニュース原稿を書いた。ドキュメンタリをやった。まじめな物も不真面目な物もナレーションを書いた。トークショウを構成した。人形劇を書いた。アニメもやった。ドラマ脚本にも手を付けた。芝居も書いた。作詞もした。字幕を書いた。ゲームのストーリーを書いた。書籍を出版した。
なぜこんな面白くもない昔話を書いたかというと、自分があらゆる雇用主に雇われ、あらゆる種類の番組をやったことを強調しておきたかったからである。
なぜ強調しておきたかったかというと、「テレビは何を失った?『テレビ衰退』6つの理由」(https://mediagong.jp/?p=20059)という自らの原稿がメディアゴンから配信されたその日に、「AERA」11/28号(朝日新聞出版)が発売になり、その特集である『テレビの大逆襲』を熟読したからである。
【参考】露骨なステマで崩れ落ちた「報道ステーション」の信頼感
率直な感想を記すと、主にテレビ局員に取材した「お茶の間なき時代のバラエティーとは」「視聴率1位!ドラマのNHK」「録画視聴もカウント総合視聴率公表で再浮上するテレビ」などは、上辺を取り繕っただけの取材感のきわめて低い記事ばかりであった。
今回の特集で最もテレビ界の実情を示しているのは、匿名座談会「番組製作会社ディレクターが語る『テレビが面白くなくなった理由』」である。曰く、

  • もう2ヶ月休んでいない。
  • 毎日1時間しかねていない。
  • 今の20代は入ってきても3ヶ月以内にやめてしまう。
  • ディレクターになっても実態はAD。
  • テレビすら持っていない若手社員がいる。
  • 制作費が3割減になり、何でも自分ひとりでやらねばならない体勢。
  • 30代で年収450万円
  • 残業代が出ない。

テレビ局員が皆、実名で登場するのに対し、彼ら彼女らが匿名でしか語れないところにテレビの病根が潜んでいる。製作会社の人々にとって、「物(むぬ)呉(く)ゆす人々」には、逆らえないのである。
テレビ局は保護され強大な利権の上にあぐらをかいている。面白い興味深い番組をつくるには、アメリカのように法を制定してエンタテインメント番組の何割かはテレビ局の資本の入っていない制作会社に発注する制度にするべきである。
 
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