<テレビ業界にもある・心の病で失われる「死ななくてよい命」>理研・笹井芳樹氏が死を選んだ場所が“先端医療センター”だった皮肉

社会・メディア

藤沢隆[テレビディレクター/プロデューサー]

 
長崎県佐世保市の高校1年の女子生徒が同級生を殺害した事件、加害者少女の衝撃的な行動の数々が明らかになっています。成績優秀、スポーツ万能、音楽にも秀でた能力を見せた恵まれた家庭の子女でありつつ、小学生時の給食への漂白剤混入、猫などの解剖、就寝中の父親の頭部へ金属バットで殴打、殺人と解剖への強い欲求・・・。
この少女の心の病いに親が気づかぬはずはなく、父親の謝罪コメントによれば『二つの病院で精神科治療を受けさせていた』、そして少女を事件現場となったマンションに一人暮らしさせていたのも『医師の助言などをもとに』したことでした。
この少女の心の病に対して医療の手は差しのべられていました。でも、事件を防ぐことはできませんでした。
STAP細胞問題渦中の理化学研究所・発生・再生科学総合センター笹井芳樹副センター長が自殺しました。笹井氏はこの3月、心理的ストレスから体調を崩し約1か月入院していました。
また、6月ごろの心配されるような様子や、最近も悪化して“議論ができない状態”であった様子が伝えられています。笹井氏にも医療の手が差しのべられていました。でも、自死を止めることはできませんでした。
19世紀半ば以降、ドイツ医学の進化から現在に至るまでの近代医学各分野の進化はまさに怒濤のようでありました。その進歩のおかげでどれほど多くの命が救われてきたことか・・・。そしていまや臓器移植、放射線治療などの時代です。笹井氏も最先端中の最先端である再生医療における日本のトップリーダーでした。
こうしたさまざまな医学分野での進歩の中で、心の病に関わる医学はどれほど進化してきたのでしょうか。どんな医療だって救えない命はあります。しかし、殺人や自殺の数ヶ月前からしかるべき医療を受けていた患者の命でさえ救えないのだとしたら、この分野は昔とは比較にならないほどに多くの命を救えるような進化をしてきたと言えるのかどうか・・・。
笹井氏が死を選んだ場所が“先端医療センター”だったことが何か皮肉のようにも感じます。
テレビの世界にも心の病はさまざまな形で蔓延しています。50人、100人のスタッフを持つようになると常に心の病を持つスタッフが複数おり、このケアにかなりのエネルギーを使います。
経験上多いのはワイドショーなどのスタッフで事件現場などシビアな取材に疲れて心を病むケース。また先輩からいじめられて心を病んでしまう若者も少なくありません。
テレビ業界に“ウツ”という言葉が流行ったことがあります。“ウツ”は“鬱”ではなくおそらく“打つ”もしくは“撃つ”です。叱る、責める、無視する、過剰な仕事を課す、理不尽な目にあわすなど、ようするにいじめることです。
若干は“鍛える”というニュアンスもあるので古い運動部のシゴキ体質と似ているかもしれません。陰湿なものもあって、ADさんをひとりではとても持てないほどの買い物に行かせ、帰ってくると、そんなもの買ってこいと言っていないと責めまくる、といった類いのいじめが常態化していたケースもあります。
単に“打つ”だけではおさまらず、“バキ打ち”なんていうすごい言葉もありました。
打たれて折れた心は病となります。これを早く発見しないと大変なことになりますから、同僚や先輩、上司に相談しやすい環境を作りアンテナを張ります。そして兆候を発見したら医者の手に委ねます。局だろうが制作会社だろうが、こうした心の病を持つスタッフを常に相当数抱えているはずです。
症状が“心のカゼ”ていどなら環境の違う職場に配置し、医者と相談しながら比較的負担の少ない仕事をさせることで回復させますが、重傷の場合は自殺が心配されます。そうした状況の中で医者が頼りにならないとしたらどうすれば良いのか。
私に関係するスタッフが自殺に至ったことはありませんが、残念ながら周囲では・・・。
今回、佐世保の少女も笹井氏もかなりきちんと心の医療に接していたと思われます。しかし、どちらも社会心理学系の学問や、精神科や心療系の医療は両者を救うことができなかったと言わざるを得ません。
人間の心を扱うことの難しさはわかります。自殺ひとつとっても、精神科医の自殺率は一般の数倍なのだそうです。こんな薬を与えれば、こんな施術をすれば自殺は防げる、なんて処方はないから精神科医の自殺率も高いのでしょう。
人間の心は弱く、そしてあまりにも複雑です。しかしそれでもなお、人の命を守る“心の学問”、人の命を守る“心の医学”の進化に期待します。
せめて、症状を発見し医者の処方に従えば殺人は止められる、自死は止められる、といったところまで早急に進化することを願って止みません。心の病で、死ななくてよい命があまりに多く失われすぎています。
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