アカデミー賞「グリーンブック」は「レインマン」と「最強のふたり」の見事な換骨奪胎
高橋秀樹[放送作家/発達障害研究者]
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2019年3月4日、渋谷東宝シネマで、アカデミー賞作品賞『グリーンブック』(監督ピーター・ファレリー)を見た。朝から、篠突く雨のせいもあって満席である。結果から言うと秀作であった。実話をもとにした創作である。
あらすじはこうだ。
「1962年.ニューヨークのナイトクラブで用心棒を務めるトニー・リップ(ヴィゴ・モーテンセン)は腕っぷしはもハッタリも得意で、ガサツで無学だが、家族や周囲から愛されていた。この、リップを、天才黒人ピアニスト、ドクター・シャーリー(マハーシャラ・アリ)が、コンサートツアーの運転手として雇う。彼らは〔黒人専用の旅のガイドブック<グリーンブック>〕を頼りに、まだまだ人種差別が根強く残る南部へコンサート・ツアーに繰り出す」
まず圧倒されるのは、ドクター・シャーリー役のマハーシャラのピアノの腕だ。このピアノの腕は相棒のトニー・リップが、尊敬の念を抱くきっかけになる重要なシーンである。
ワンカットで撮影されているように思える部分があるが、監督は次のように語る「ドクター・シャーリー役のマハーシャラはピアニストの振る舞いを時間をかけて学び、実際にドクターのユニークな音をよみがえらせたのは、29歳のアメリカ人ピアニスト・作曲家のクリス・バワーズだ。「マハーシャラはピアノに完全に慣れ、曲はクリスが素晴らしく弾いてくれた。そして最終的に、二人の顔を置き替えたんだ。複雑な作業だったけれど、上手くいったと思っているよ」と。見事な編集でジャズ好きにはたまらない。
ドクター・シャーリーのモデルは、ドン・シャーリー。2歳の頃からピアノを習いはじめて9歳の時にはレニーグランド音楽院で徹底的にクラッシクピアノを学んだ。招待されるほどの天才ピアニストでした。その後、レコード会社の勧めでポップスを弾き始める。黒人はクラッシクの世界では受け入れられない時代であった。
映画での南部ツアーはトリオでの演奏であったが、他の二人、ベーシストもチェリストもロシア人という設定だ。質屋として高利貸しをしていたユダヤ人も登場する。ボスは黒人で、運転手は粗野な(大戦に負けた)イタリア人。ユダヤをも巻き込む人種の坩堝(るつ)。このあたりの配役も映画のモチーフである。
ピアノと、クラシック、そしてジャズというと2つのトリオを思いだす。
ルーマニア人のオイゲン・キケロ(Eugen Cicero)を中心とするピアノ、ベース、ドラムのトリオ。バッハの作品のジャズ化が有名である。
フランス人のジャック・ルーシェ・トリオ(Jacques Loussier)やはり『G線上のアリア』、『平均律クラヴィーア曲集』、『ゴルトベルク変奏曲』をはじめとするバッハ作品のジャズ演奏で知られる。
どのトリオも、同じクラシックをジャズ化しながら、表現は全く違って降り、皆、魅力的であるが、この映画のドクター・シャーリー・トリオの演奏は、映画の魅力を倍加している。
教養あふれる黒人の主人と、そのバディになってゆく下卑たイタ公。この組み合わせと進行は、2011年のフランス映画『最強のふたり』(監督エリック・トレダノ、オリヴィエ・ナカシュ)彷彿とさせる。『最強のふたり』では、主人公は頸髄損傷で体が不自由な白人の大富豪と、その介護人となった貧困層の黒人の組み合わせである。立場は逆だが『ブリーンブック』と考えさせられることは同じである。
ロードムービーといえばダスティン・ホフマンとトム・クルーズの『レインマン』(監督バリー・レヴィンソン)思い出す。自閉症の兄と、その弟がロサンゼルスまでの、旅を通じて心を通わせてゆく。その点もまた『グリーンブック』を見ながら思い浮かんでくる点である。
こうした点を、アカデミー賞レベルの映画にするための換骨奪胎が見事に行われているので、この作品はアカデミー賞なのであろう。
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