<新型コロナで進む老人悲劇>拡がる「寝かせきり」と「介護離職」、「虐待」の恐れも
山口道宏[ジャーナリスト、星槎大学教授、日本ペンクラブ会員]
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「介護施設が危ない」「院内感染が怖い」「デイケアが休みに」、はたまた「特別養護老人ホームの3割でマスク、消毒アルコールが3月中に不足に」(全国老施協調べ)だともいう。
多くの介護施設では家族らの「面会不可」も。なかで「寝かせきり」はないか、職員確保も難しい。「お年寄りは3日間寝込んだだけでも、寝たきり、認知症の予備軍になりかねない」とはリハビリを担う専門職の常識。だからこそ「寝たきり」の防止に「動け」「動け」と。ベッドのひとへは「床ずれ予防」(褥瘡予防)に、こまめな体位変換がなされる。
いよいよ高齢者と家族にとっては死活問題だ。そうでなくても老人(世帯)はイザというとき「助けて」「SOS」は難しい。介護度が高ければ「在宅」も修羅場といっていい。
家族の「介護離職」もますます増える気配で、こうした「負の連鎖」は介護悲劇を誘う。既に毎年10万人の介護離職者が生まれているのが、この国だ。なんのための公的介護保険制度(「介護保険」) か、と思うのだ。「高齢者が」「高齢者が」というものの、口ばかりだ。
「待機児童のママだけじゃない。こちらも、ニッポン死ねといいたいよ」
メディアによる、国の打ち出す「対策」の効果と波紋に徹底した取材が期待される。
「ヘルパーさんも来れないって、どうしよう」
20年前に始まった「介護保険」の導入以降、国策は、高齢者は「在宅へ」「在宅へ」を進めてきた。「ハード面(施設建設等)は金がかかる」が国の本音だが、高齢者本人のいう「うちにいたい」を利用した、ねじれ施策だ。しかし、前者では依然として30万人の「特養入居待機」が、後者では「介護離職」や「虐待」が社会問題となって久しい。制度開始当初には「家族負担の軽減」といったがいまや絵空事。そして今回の、サービスの中止や縮小で、より深刻な事態になることが予測される。
また増え続ける「老老介護」や「ひとり暮らし」にとっては、サービスの中止や縮小からの影響から「孤独死」 が心配だ。
「在宅」部門のひとつに「デイサービス」(通所介護)がある。そこでは自宅で困難な入浴も、食事も可能だ。そこへ対象の高齢者が出掛けることで、家族も一時的に介護から離れ「仕事」(休息)ができるからと導入された。
町では幼稚園より「高齢者送迎中」のクルマの方が多い時代だ。それは訪問サービス(ヘルパー派遣や訪問看護など)と並ぶ「在宅」サービスの一つで、より重度化しないための予防策とされてきた。
「なにが経済、経済、アベノミクスか」「切り下げの年金からも保険料を差っ引きながらとんでもない」と怒りは続く。世代を超えて生命の危機だ。安心安全の「皆保険」の国はどこへ行ったのか!?
「コロナ」の犠牲者は子どもばかりではない。高齢者はもとより有病者や障害者など弱者への影響が懸念される。ひとは、等しく人権の、等しく福祉の当事者に他ならない。
去る9日。政府は「コロナ」で臨時休校になった子どものために会社を休んだ保護者には「賃金補償」として「日額8.330円上限」(フリーは半額)?? で企業に助成金支給=対象2.27-3.31=を発表した。金額も条件も? なによりそれ自体が企業経由というから「確かに受け取れるかどうか」。
一方、同じく「コロナ」でサービスの中止や縮小にあえぐ「要介護者」を前に会社を休まなくてはならなくない家族の場合はどうか。国は、名ばかりの「介護休暇」を引き合いに知らんぷりか!?
ひとの命を守るに「扶養」も「介護」も一緒だ。
ここにも、事態が「正常化」するまで、対象者に対しては、しっかりと経済支援を、休業補償を、いそぎ用意することが施政者の使命だ。
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