<ノンフィクションの種>高価な釣竿の「高価さ」をどう表現するか。それには価値を知らない人が必要だ
高橋正嘉[TBS「時事放談」プロデューサー]
ノンフィクションを面白く見せるのは難しい。時には絶望的な気持ちになる。当たり前のことを当たり前に撮っていても商品にはならない(自分の子供でもとっているなら別だ)。そんな時には、誰か芸人さんに面白いことをやってもらいたいと願ったりする。それも適わないと情報を一杯詰め込もうとする。まあ、関心のないものをさらに詳しくやっても面白くなるはずもないのだが。
ノンフィクションを作るというのはその葛藤の繰り返しだ。正義を振りかざすようなネタでもあれば楽だが。それは報道番組に任せるしかない。底の浅い正義感ほどしらけるものはない。
かつて「そこが知りたい」という番組を作っていたころの話だ。高級品を特集しようということになった。いくつかのネタの中に「釣竿」があった。ヘラブナ釣り用の竿だ。これが高級なものは高い。一本、100万円、200万円するものがあるという。いや、もっと高いものがあるという。和歌山県橋本市の源竿師という今は伝説の人になっている竿師を取材した。
そんな高級な竿とはいったいどんなものか?という関心はある。しかしそれ以上の確信は何もなかった。竹を取りに行くところから焼きを入れるところさまざまな工程を取材した。何しろ名人といわれる人だ、その真剣な仕事ぶりは興味深い……はずだった。たぶん竿に興味のある人にはたまらない場面だったと思う。
しかし、素人目には高いものと安いものと区別がつかない。良いものと悪いものと区別がつかないのだ。確かに名人の手業はシカと記録した。
ロケから戻って調べまくった。高い竿を買った人はいないか。高い竿を買った人を見つけられればいいものと悪いものとの区別を納得できるように取材できるかもしれない。高いほう高いほうを狙って調べた。(中にはちょっと怖そうな方もいた。)
買った方の中でちょっと面白そうな方がいた。千葉県で50万円の竿を買った普通の方だった。サラリーマンで釣りが趣味という。会ってみると、源竿師の竿のことを本当に晴れやかな顔で語る。自慢の一品ということが良くわかる。だが、小声で語るのだ。隣の部屋には奥さんがいた・・・これならいけるかもしれないと思った。この方にお願いすることにした。
ロケの当日、自宅にお邪魔すると奥さんがいない。近くに出ているという。どうも用事を頼んだらしい。ちょっとぐずぐず準備をすることにした。奥さんが帰ってきた気配がありロケを始めることにした。ご主人は2階の釣り道具を置いてある部屋に取材陣を通したがった。それはまずい。せっかくの竿だからリビングに持ってきていただけませんでしょうかとお願いした。
奥さんが居間に入ってきたときに撮影が始まる。レポーターは竿のどこが良いかを質問する。本当に生き生きと源竿師の竿のよさを語った。だが、奥さんはすぐに台所に消えてしまう。奥さんが戻ってくるとまた値段に負けない源竿師のよさを聞いてもらった。値段の話になると小声になる。奥さんは取材が気になるから、何度も居間に顔を出す。結局同じ質問をすることになった。値段に負けない源竿師の竿の良さ。
ご主人は言いにくいがそれでも明らかに自慢をしたいのだ。何度も話す。もう止まらない。奥さんはとうとう竿が50万円であることを知ることとなった。「えっ!」絶句という言葉がぴったりだった。
編集では後ろで奥さんが後ろにいるところばかりを使った。本当に表情が豊かだった。ご主人も奥さんも。知らせてもらえなかったことを知った人とそれでも人生の宝物の自慢をしたいご主人と。
後日その竿で釣りをしている姿を撮らしてもらった。一匹も釣れなかった。こちらもそれが目的ではない。あの後どうなったのかを知りたい。
ご主人は晴れやかな顔だった。宝ものを奥さんに認知してもらって良かったと。
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