<「27時間テレビ」の連続番宣に疑問>「めちゃイケ」に期待しているのは「感動」ではなく「笑い」のエンターテインメントだ


高橋維新[弁護士]

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2015年7月11日放映のフジテレビ「めちゃ×2イケてるッ!」(以下、めちゃイケ)であるが、今回も全編が「27時間テレビ」の番宣であった。

しかし、前の週は2時間スペシャルであり、今回の次(つまり、7月18日の回)も「2時間スペシャル」である(http://mediagong.jp/?p=10822)。「めちゃイケ」は、従来「2時間スペシャル」をやればその後は2週間ぐらいを平気で休む番組だったのに、ここ数週間は近年の「めちゃイケ」らしからぬほどに放送の密度が高い。

これも7月25日に「27時間テレビ」を控えているからだろう。逆に言うと、「めちゃイケ」も「27時間テレビ」がないとこのような頻度での放送をさせてもらえないということであり、その点には「めちゃイケ」を見守り続けてきたものとして寂寥感を覚えずにいられない。

いかに「めちゃイケ」とはいえ、番宣は番宣。しかし、単なる番宣であっても、おもしろく仕立てあげるのが「めちゃイケ」という番組の強みであり、職人魂である。

今回も、全体としてはおもしろかった。中居正広(SMAP)に鬱陶しい感じで絡む香取慎吾(SMAP)と岡村隆史(ナインティナイン)。岡村のトレーニングを邪魔する庄司や紗理奈親子。極めつけは、前回も簡単に触れた寺田心くんである。

寺田くんは、今回は矢部浩之(ナインティナイン)・中居・岡村の3人と絡んでいた。彼がやっていたのは「子供の彼が偉そうに大人のタレント(やスタッフ)に接する」というコントである。矢部や中居を「サッカーバカ」「野球バカ」と挑発し、「本気を見せてみろ」とけしかけ、スタッフの石井くんを「石井」と呼び捨てにし、岡村のダンスの練習をバカにする感じで邪魔する。

この役を大人がやると、ただただ邪魔くさいだけになって笑いが起きない可能性があるが、子供がやるから可愛げが残り、「子供のくせにエラそうだ」というズレが笑いを生む。この「エラそう」なところは、「演技でわざとやっている」ことが視聴者に見抜かれると見てる方のハードルが上がってしまうため、ナチュラルに「エラそう」に見えるようにきちんと芝居ができないいけない。

芝居でわざとエラそうになっているのだというのが分かると、人工的なコントだということが視聴者に分かってしまうのに対して、ナチュラルに素でエラそうなのだと見せれば、視聴者もまさかそんなエラそうな子供がいるとは予期していないから、奇襲の妙味が生まれるのである。そして、寺田くんはこの演技力に関しては申し分ないものを持っている。

もちろん子どもなので、「どうすればおもしろくなるのか」というのは分かっていない。ただその点は、中居や岡村も指摘していた通り、スタッフがヘルメットから台詞を指示して補っているのだろう。この指示を守れる理解力もあるのも寺田くんのすごいところである。

そして、おそらく何も聞かされないまま絡んでいる岡村や中居の、その場その場のリアクションに合わせて、矢継ぎ早に最適な台詞を指示できるスタッフも流石である。まあ、演者が良いとスタッフも能力以上のものが出るもんである。

さて、今回の放送を通して「27時間テレビ」の中身もだんだんと明らかになってきたが、テーマが「本気」らしいため、「本気」で色々と何かをするようである。

矢部は本気でサッカーを、中居は本気で野球を、岡村は本気でダンスをやる。よゐことジャルジャルは本気で水泳に挑むらしいし、芸人たちが本気で音楽をやるコーナーもあるらしい。「ちびっこホンキーダンス選手権」も本気のダンスを見せる企画である。

この情報を額面通りに受け止めれば、「27時間テレビ」のメインコンテンツは演者が何かに本気で取り組むという「感動」のエンターテインメントになる。「めちゃイケ」内のコーナーで言えば、「岡村オファーシリーズ」や「矢部オファーシリーズ」が近い。

そしてこの「感動」のエンターテインメントというのは、「めちゃイケ」やフジが普段志向する「笑い」とは別のエンターテインメントである。

「感動」のエンターテインメントが「笑い」のエンターテインメントより劣っていると言うつもりはないが、筆者(そして多くの「めちゃイケ」ファン)がフジテレビに、「めちゃイケ」に、そして「27時間テレビ」に期待しているのは「笑い」のエンターテインメントである。

ここで感動を全面に押し出してくる姿勢は、理解に苦しむ。そもそもこの手の「タレントが何かに挑戦」という系の「感動」企画は、本番前の努力の積み重ねも視聴者に伝えないと何に感動すればいいかがうまく理解されないので、基本的に「本番」のみを放映する生放送の「27時間テレビ」には向いていないと考えられる。この状態で感動を押し付けてくるフジテレビのやり口は、ますます、理解に苦しむ。

もしかしたら、今回の放送も全て「フリ」なのかもしれない。「感動をやるぞ感動をやるぞ」と事前に徹底的に周知し、「今回の27時間テレビは『感動』がメインコンテンツなのだ」という意識を視聴者に植え込んでおいて、実際は本番では全然できない模様を放映し、笑いを生み出すのである。

事前のフリによって、本番を見る視聴者には「実際には事前の宣伝の時と異なり全然できていなかった」というズレが際立って、笑いが生じやすくなる。

例えば、今回と同じく「めちゃイケ」がメインを張った2004年の「27時間テレビ」でも、加藤浩次(極楽とんぼ)が100kmマラソンをやっていたが、これは完全に感動の皮を被ったお笑い企画であった。

「24時間テレビ」(こちらは完全に「感動」志向の番組である)と類似(というかそのまんま)のマラソン企画をやるという告知で視聴者は「喘息持ちの加藤がマラソンで頑張る姿を見せ、私たちを感動させてくれるのだ」と予想していたが、実際はスタッフの段取りが悪く中継時の扱いもひどいものであり、いちいち加藤がキレ気味にツッコミを入れることで笑いを生み出していた。いつものめちゃイケのように加藤一人がひどい目に遭うというドキュメンタリーコントになっていたのである。

オチも、岡村が具志堅用高とボクシングをやってみんなが盛り上がっているところに加藤がひっそりとゴールし、全然周りに振り向いてもらえないことに対してキレるという構想だったらしい(実際は加藤のゴールが間に合わなかったのでこのオチにはならなかった。この点は片岡飛鳥が後にQuickJapanの取材等で語っている)。

全盛期の「めちゃイケ」、片岡飛鳥が中身にガッツリと関わっている「めちゃイケ」であれば、ただただストイックに笑いのみを志向したはずである。

ただ、現在は片岡も番組の一線からは離れ、「めちゃイケ」の職人魂も中途半端なものになっている。2004年ほど徹底した「ファニー」志向の画作りにはならない可能性の方が高い。

2011年の「27時間テレビ」も「めちゃイケ」メインだったが、この時行われた矢部の100kmマラソンは、「感動」とも「笑い」ともつかず、何がやりたいのかよく分からない企画だった。

これを踏まえると、今回の大久保佳代子(オアシズ)のマラソンもこんな風によく何とも中途半端な代物になる可能性の方が高い気がしている。他の企画も、中途半端に感動を志向し、うまいこといかなかったらファニーな感じにしてお茶を濁すという感じになる気がしている。視聴者をナメるのもいい加減にしてほしい。

ただし、筆者はテレビに絶望したくないので、この予言が当たらないことを切に願っている。でも、こういう時は大体当たっちゃうんだよなあ。

 

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高橋維新(たかはし・いしん)弁護士、コラム二スト。1987年、東京生まれ。2006年、東京大学法学部入学。2010年より「マヒ郎」のペンネームでファミ通町内会へ「ハガキ職人」として投稿を始める。現役ハガキ職人を続けながら、2012年に司法試験合格。2013年、弁護士登録(函館弁護士会)。ファミ通町内会長(第5代)。