<痛コン時代の試金石?>9年ぶりの新刊漫画「ファイブスター物語」13巻が突きつける「オールド・オタク」への挑戦状


藤本貴之[東洋大学 准教授・博士(学術)/メディア学者]

***

熱烈なファンがいる一方で、必ずしも多くの人が知っているわけではないというコンテンツは多い。人気作品、ヒット商品と言われるものでも、それらの多くはディズニーやジャニーズのような国民的な人気を得ているわけではない。

そういったコンテンツの代表格とも言える漫画の9年ぶりの新刊が発売され、話題となっている。8月10日に発売された永野護の漫画「ファイブスター物語」の13巻(KADOKAWA)である。

この作品はKADOKAWAのアニメ雑誌「月刊ニュータイプ」に1986年4月号から連載されてきた作品。もちろん、現在でも「一応」連載中の作品だ。

1986年といえば連載開始から30年が経とうとしている。30年もの長期連載ともなればどれだけ多くの単行本が発行され、どれほど長い作品になっているのか・・・と興味もわいてくると思う。しかし、発行されている単行本は9年ぶりの今作でまだ13巻。しかも分厚い本ではない。200ページ程度のどちらかといえば「薄い本」となる。ストーリーもまだまだ中盤だ。

それでも単行本は累計で850万部を超えているというから、十分に人気作品と言える。(ただし、尾田栄一郎の人気漫画「ONE PIECE」などは単行本1冊の初版が400万部とも言われる)

1989年に第1巻のみを利用した劇場アニメーション映画が公開されているが、この映画のテーマソング「瞳の中のファーラウェイ」は、現在、演歌歌手として人気の長山洋子が、まだアイドル歌手だった頃の曲。いかに時間が経過しているかがわかる。

映画製作などを挟み、休載を続け、断続的にゆっくりとしたペースで連載が続けられている作品であるため、ファンはとにかく「我慢強い」。しかし、そんな我慢強いファンの熱意とは裏腹に、作者の永野護はファンの期待を裏切る「改変」や「作り直し」を頻繁に行ってきた。

もちろん、長期の連載をする上で、ストーリーの流れや絵柄の変化は当然だろう。しかし、本作「ファイブスター物語」は、連載当初から「年表」が用意され、物語の始まりからエンディングまでが事前に公開されており、それに沿って物語が展開するという特徴をもつ。そして、この「年表」は絶対的な設定として物語の象徴ともなっている。

よって、ファンは「年表」の隙間に組み込まれる細かなエピソードや具体的な物語の展開を連載漫画を通して体験してゆく、ということに本作の面白さや魅力を見出している。にもかかわらず、絶対的なはずの「年表」はこれまでかなり頻繁に追加や修正が施されてきた。

それでも「ファイブスター物語」の我慢強いファンは、絶対的「年表」の改変も物語を豊かにするための試行錯誤であると寛容に受け入れてきた。しかし、今回、9年ぶりの13巻(と、それに先立つ2013年からの9年ぶりの連載再開)はそんなファンの寛容さをも大きく揺さぶっている。

まず、13巻の刊行に先立ち、9年ぶりという長い沈黙を経て再開された「月刊ニュータイプ」2013年5月号からの連載。この時、9年前の設定が大きく変更された。それはもはや全く異なる作品といって良いほどまでの改変となった。年表の追加・修正どころではない。

キャラクターの名前やデザインまでも大きく変わり、読者が自主的なフォローをしない限り、前12巻から普通に読み続けても、おそらく全く理解できない。

具体的に書けば、そもそも主人公のロボットの名前が変えられている。「ナイト・オブ・ゴールド」という名前は「帝騎マグナパレス」という似ても似つかぬ名前へと変わっている。

もちろん、主人公ロボットだけではなく、物語の根幹となる主要ロボットや機械類など、概ね全てが何の前触れもなく、以前の痕跡がまったくないまでに変更された。

名前だけならまだ良いが、デザインの変え方は更にラディカルで、いうならば「西洋の鎧」がいきなり「縄文式土偶」に変わったような大幅なデザイン変更なのだ。

もともと作者・永野護はメカニックデザイナーであり、本作の魅力はロボットや機械類のデザイン性にあった。もちろん、それらはフィギュアや玩具としても多く発売され、根強いコレクターも多い。そういったファン心理を一切無視しての大幅なデザイン変更に、9年ぶりの連載再開時には、さすがにファンならずとも大きな話題となった。

さて、9年ぶりの連載をまとめ、9年ぶりに発売された新刊13巻を早速読んでみたところ、おそらく、変更前・変更後を細かくフォローしている熱心なファンでもない限り、理解するのは難しいように思われた。否、熱心なファンでも少なからず戸惑う。

永野護はロボット以外のキャラクター、すなわち人物描写などは必ずしも上手な作家ではない。絵柄はお世辞にも「今風」とは言い難い。初めて手にするのがこの13巻であれば、そこから若いファンを獲得することは難しいだろう。もちろん、9年前とは大幅な変更となった設定に、離脱する旧ファンも少なくないはずだ。

それでも9年ぶりの新刊に興味をそそられて手に取る読者は多いだろうし、9年間も待ったのだから、これまでのファンの多くは13巻を購入するだろう。しかし、その数は徐々に減り、その一方で新規のファンの増加は見込めないはずだ。

ようは「ファイブスター物語」が、消費能力の高い特定の根強い中年ファンの囲い込みだけで成立する漫画となってゆくことは想像に難くない。累計850万部を12巻で割れば、1巻単位でおよそ70万部。70万人の固定ファンがいることになる。その従来までの固定ファン70万人のうち、3割がアクティブな読者としてこれまで通りの支持を続ければ、21万人が残る計算だ。

21万人が、今後発売される単行本を買い続ければ、毎回21万部に売り上げとなる。最近話題のヒット本といえば元少年A手記「絶歌」(太田出版)だが、これが第3刷で累計25万部と言われている。そう考えれば、毎回「絶歌」なみの部数が期待できるわけであるから出版ビジネスとしては悪くないのかもしれない。

今後21万人もの固定ファンが残り続けるかはいささか疑問だが、それでも一定の数は残存するように思う。それでもここまで大幅な改変をした以上、大きなファン離れは不可避だろう。それを批判する論評も多い。

しかし、ここで筆者は改めて気がついたことがある。

そもそも、本作は物語本編を楽しむために、読者が事前の「勉強」や「フォロー」「予習・復習」が求められるという特異な作品である。それは80年代・90年代のオタク文化を支えた「オールド・オタク」たちのオタク魂をくすぐる楽しみ方だ。

読者は物語と二人三脚で作者・永野護のわがままに付き合ってゆくことを余儀なくされるが、そんなリアルロールプレイングゲームのような楽しみ方こそ本作の真髄だ。

前触れのない突然の大幅な設定改変・デザイン変更も、読者が自前の努力で設定やデザインのすり合わせや変更前・変更後の確認を行い、理解をしてゆかねばならない。そしてそれこそ、真にオタク的な探求心をくすぐるものではないのか、と。つまり、この大幅な変更こそ、オタク漫画としての「ファイブスター物語」の真の魅力ではないのか。

美少女キャラや萌えキャラばかりになった我が国の「文化資本=オタク」ではあるが、本来のあり方は、特定の領域を痛々しいまでに愛し、その専門的な愛情を極度に高め、自らの知識・技術・財を余すところなく投入することのできる尊称としての「オタク」だ。

近年、手軽に作られる萌えキャラ群による「痛コンテンツ(痛コン)」が量産され、ライトなオタク層が増殖し一般化することで、かつてオタクと呼ばれていた文化は薄まりつつある。

そう考えれば、古き良き日本のオタク文化のあり方を地で行く「ファイブスター物語」13巻こそ、日本のオタク文化の真価が問うオールド・オタクたちへの挑戦状なのはないだろうか。

 

【あわせて読みたい】

The following two tabs change content below.
藤本貴之(ふじもと・たかゆき) 東洋大学総合情報学部・教授(情報デザイン論・メディア構造論)/北陸先端科学技術大学院大学・教育連携客員教授/藤本情報デザイン事務所・執行役員/JAGDA正会員/最先端のメディア研究・メディア技術の知見から、アカデミズムの枠を超え、企業や自治体などを対象としたメディア設計や情報発信戦略など、数々の実践的なプロジェクトを手がけている。主な著書に『だからデザイナーは炎上する(中央公論新社)』『情報デザインの想像力』『脳にアイデアを思いつかせる技術(講談社)』『映像メディアのプロになる!(河出書房新社)』など、多数。