[茂木健一郎]<「言葉の起源」は物語>何か伝えようとする時の「発話」は常に「物語」とともにある


茂木健一郎[脳科学者]

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言葉の起源については、諸説ある。Corballisはgestural originsを唱えていて、発話の前にジェスチャーから言葉が生まれたのではないかと言っている。敵が来たときの警告音が言語の起源と関係があるという説もある。

ここでは「言葉」の起源と「物語」の起源について考えよう。言葉の起源は、物語の起源とほとんど同時なのではないかと考えることがある。例えば、子どもが、幼稚園から帰ってきて、親に、「どうだった?」と聞かれる。お遊戯がどうしたとか、友だちがどうしたとか言うだろう。

そこには、すでに、何らかの「フィクション」や「整え」が含まれている。私たちの会話は、すべて「物語」だということができる。膨大な経験の中から、取捨選択して、ある事象、印象を伝える。

そこにあるのはひとつの解釈であり、あえて言えば捏造である。日常会話において、「こんなことがあった」と言っているときには、そこには常には物語がある。

私たちの祖先が、たとえば野外で肉食獣に襲われて、無事逃げ延びたとき、何があったか伝えようとしたとき、あるいは、どこかで美味しい食べ物を見つけて、その感激を共有しようとしたとき、あるいは、空の赤の美しさに魅せられたとき、発話は、必ず物語とともにあったはずである。

ここで言う「物語」は、「古事記」や「源氏物語」のような大規模なものであるとは限らない。ほんの小さな印象、伝達でいい。場合によっては、たったひとつの言葉でもいい。

「まぶしい」という言葉ひとつが、物語の最小単位となる。私たちは、日常的に、至るところで、いつでも、お互いに物語っているのだという意識を持ったとき、世界の見え方は変わってくるように思う。

そのような意識を持って自分たちの使っている言葉を見つめるとき、そこには、新しい光と深淵があるように思う。整えられた小説はかえって邪魔にすらなるのだ。

(本記事は、著者のTwitterを元にした編集・転載記事です)

 

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茂木健一郎

茂木健一郎(もぎ・けんいちろう)脳科学者。株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所上級研究員。1962年10月20日、東京生まれ。東京大学理学部、法学部卒業後、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻課程終了。理学博士。理化学研究所、ケンブリッジ大学を出て現在に至る。「クオリア」(感覚の持つ質感)をキーワードとして脳と心の関係を研究するとともに文芸評論、美術評論にも取り組んでいる。