なぜテレビは安易な五輪メダリストたちのインタビューを流すのか?


高橋維新[弁護士/コラムニスト]

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リオ五輪をテレビを見ていると、情報番組の端々に「オリンピックに参加していた選手たち」が出てくる。筆者は、五輪番組を見ていて「各局はこれをもう少し控えて欲しい」と感じることが多い。

スポーツ選手は、しゃべりのプロではない。彼らのことを貶したいわけではないが、しゃべらせても、おもしろくない人の方が多い。そもそもしゃべりがうまいわけではないうえに、「日の丸を背負っている」という立場があるのか、非常に穏当で優等生的なコメントしかできていないように思う(イチローや、中山ゴンなど、例外も存在はしているが)。

しゃべりがうまく(面白く)ない上に、妙な立場的な制限があるとなれば、面白いコメントを聞き出すのは非常に難しい。

しゃべるのがうまくない人からおもしろい話を聞き出すには、インタビュアーの側が事前に入念な取材をして、ネタをたくさん持っておくことが必要だ。しかしながら、競技終了の直後に番組に呼びつけて話を聞くとなると(そういうシチュエーションが多いはずだ)、十分に取材や仕込みはできていないことがほとんどであろう。

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そもそもメダルをとれるかどうかが未確定の状況では、事前の「使えるかどうかも分からないような取材」に労力は割けない、ということもあろう。そのため、インタビューやコメント自体が、内容というよりは、「とりあえず当事者を出しておく」ことだけが目的になっているような状態だ。

その結果、彼らが情報番組、あるいは競技終了後のインタビューで当たり障りのなくて面白くないことをしゃべっている場面が映ると、筆者はいても立ってもいられなくなって、チャンネルを変えたくなる。

もちろん、そういった「オリンピックに参加していた選手たち」が出てくると、思わず「当事者たちはこう見るのか、こう考えるのか」と感心してしまう人も少なくはないのだろうが、よく聞いてみれば、スポーツ関係者なら誰でもが言えるような差し障りのないコメントばかりであることに気づかされる。

芸人のように面白いことをしゃべれる必要はないが、差し障りのない「優等生コメント」ばかりでは、さすがに辟易としてしまう。おもしろいことがしゃべれるわけでもないことがわかっておきながら、大した準備もせずに彼らをテレビに呼んで、妙な空気を作り上げてしまう場合があれば、それはテレビの作り手の責任であるように感じる。

彼らのネームバリューだけで数字をとろうという安易な発想からなのであれば、これを「手抜き」と言わずして、何を手抜きと言うのだろうか。

 

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高橋維新(たかはし・いしん)弁護士、コラム二スト。1987年、東京生まれ。2006年、東京大学法学部入学。2010年より「マヒ郎」のペンネームでファミ通町内会へ「ハガキ職人」として投稿を始める。現役ハガキ職人を続けながら、2012年に司法試験合格。2013年、弁護士登録(函館弁護士会)。ファミ通町内会長(第5代)。