アニメ映画『この世界の片隅に』声優・能年玲奈の見事な誕生

映画・舞台・音楽

保科省吾[コラムニスト]
***
能年玲奈の声が聞こえてくる。しかし、顔は浮かんでこない。ということは、声優・能年玲奈は役を演じきっているということだ。
遅ればせながら、こうの史代・原作、片渕須直・監督/脚本のアニメーション映画『この世界の片隅に』を見た。朝早い回だったせいか、客席は親子でいっぱいである。
舞台は海苔すきの盛んな広島市江波と呉の軍港と背後に広がる町。時代は昭和10年から昭和20年。
この頃は時代のストーリーの方がうねっており、個人のストーリーは小さく見える。しかし、うねりの後ろには確かに個人の暮らしが息づいていると言うことを、こうのは描きたかったのだろう。アニメはほぼ、こうのの原作通りに進む。大きな改変はない。
【参考】アニメ映画「聲の形」から考える「感動ポルノ」
この話には嫌な奴がひとりも出てこない。
絵が得意な少女・浦野すず(能年玲奈)は広島市江波から呉の北條周作のもとに嫁ぐ。寝込みがちの姑、舅、嫁ぎ先から戻ってきた義姉通さない娘。こういう設定が揃うと、すずがいじめられたりはすまいか、そういう話なら映画館を出ようと思いながら、筆者はどきどきしてしまう。しかし、話が原作通りなら安心だ。
いや、嫌な奴なら、出てきた。すずが港に浮かぶ軍艦を写生しているとそれをとがめる日本軍の憲兵だ。物語は守りながら、憲兵を登場させない演出もあったし、憲兵をいい奴に描くという方法もあった。対立だけがストーリーではないのだ。
筆者は、泣かなかったが、多くの人は泣いていた。
ところで蛇足かもしれないが、声優・能年玲奈は本名を捨ててなぜ「のん」を名乗らなければならないのだろう。このアニメの背景になった時代のような理不尽さがまだ、芸能界には巣食っているということか。
 
【あわせて読みたい】