<孤独死か?介護離職か?>介護保険の「軽度者切り捨て」こそ不経済


山口道宏[ジャーナリスト]

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「定年が終わったら通院が始まった」はごく身近なことだ。

膝痛、腰痛、前立腺肥大、白内障、「耳が遠くなった」などなど。人はいくら養生しても誰にも老いは容赦なくやってくる。人の老化は自己責任ではない。

国による「軽度者切り捨て」が起きている。公的介護保険でいう要支援1と2の方には訪問介護とデイサービス利用の抑制だが、これまで使えたものを一方的に奪ったから波紋は大きい。

前者では掃除、炊事、洗濯、買い物などの生活援助を全国一律から自治体に丸投げし、後者ではその利用は「もっと悪くなったら(使えます)」としたのが2015年。対象者は全国110万人、7割が80歳以上で、一人暮らしが多い。

【参考】<介護保険の改悪>「軽度斬り」と40歳以下からの保険料徴収案も浮上

そもそも保険制度の下で謳う各種の援助サービスを時々の「事情」で必要度を図るは施政者の勝手な仕儀で、「軽度者外し」は予防の視点から少なくとも医療面、介護面でマイナス効果は明らかだ。

その結果、多くの自治体では困惑し、また事業所は報酬が大きく減収になり「それでは採算が取れない」と撤退が続出していると。なにより利用者本人が泣いている。国はさらに車イスなど福祉用具の利用にも狙いをつけている。

さて、今度は要介護1、2の173万人がターゲットだ。

生活援助は原則自己負担で、業者へは低報酬で、が企てられる。ここでも保険外しと「住民委託」という手口に、国は「軽度はボランティアか無資格者で」と説明するから無責任だ。つまり、お隣さんに「ご飯つくって」「洗濯を」「掃除を」と頼んだら、というのだ。

いうまでもなく生命と暮らしにかかわる支援は公的責任に他ならない。国は死ぬまで納める保険料を預かりながら、必要なとき必要なサービスを使わせないのか。なんのための介護保険か、が問われる。

このままでは、利用控えから重度化を促し、餓死か孤独死か、家族がいればさらなる介護離職は必至だろう。

我が国の公僕は、「予防こそ経済的」というテーゼに、なぜ背を向けるのか。

 

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山口道宏

山口道宏(やまぐち・みちひろ) ジャーナリスト、星槎大学教授、NPO法人シニアテック研究所理事長