テレビは「笑い」にとってもっともすぐれたメディアだ


高橋維新[弁護士/コラムニスト]

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笑いは、「ズレ」から生まれる。

ズレを作る際に大事なのは、奇襲である。お客さんに、不意打ちをかけることである。「そう来たか!」という展開自体がズレになるからである。

であるから、笑いにおいて絶対的に優れているのは台本よりもアドリブであると筆者は考えている。台本は、事前に考えたものの決め打ちなので、意外性がない。展開に裏切りが生まれない。だから、よほどのクオリティがないとアドリブに勝てない。

ゆえに、台本がカッチリしたタイプの「ネタ」は、数多あるお笑いの手段の中でも、おもしろさの順位は下から数えた方が早いものだと考えている。それ以外のことができるシチュエーションでは、わざわざやるようなものではない(逆に言うと、やるからには極限まで作り込んでほしい)

無論、アドリブにも弱点はある。どうしても行き当たりばったりになるので、笑いに当たり外れが生じることである。これに対処するに当たっては、おもしろいところだけを後で抽出するというテレビの手法(=「編集」)がある。

【参考】<キンコン西野、クリスマスの夜に想う>「お笑い番組」はメジャーでも「お笑いライブ」はマイナーだ

だからこそ、笑いで大事なアドリブを前面に出せて、かつその弱点も補えるテレビという手法は、笑いの最も優れた形であると筆者は考えているのである。

笑いには、他のやり方も色々とある。ただ、小説や漫画やアニメや映画は、基本的に事前に考えた台本を再現していくだけのものなので、「アドリブ」というものが考えにくい(漫画やアニメに関しては、非現実的な絵面を低コストで再現できるという別のメリットはあるが)。

他方「舞台」はアドリブでもできるが、つまらないところを切るということができない(舞台に関しても、お客さんと演者が同じ空気を共有しているので、笑いが伝わりやすいという別のメリットはある)。

それなのに、今のテレビのバラエティはこのような素晴らしさに見合った扱いを受けていないと筆者は感じている。「暇つぶしで見るどうでもいいもの」としか思われていないような気がする。筆者はその状況を改善したくて、今の活動を続けている。

決してただ噛みつきたいわけではない。筆者の書いているものを読めば分かると思うが、おもしろいものにはきちんと「おもしろい」と言っているつもりである。筆者は、お笑いの一ファンとして、単におもしろいものを見たいだけなのである。心の底から笑いたいだけなのである。

最近考えていることだが、テレビの扱いが低い(大きな)原因の一つが、タダで見られることにあるのではないだろうか。「タダで見られるから、内容がどうだろうとどうでもいい」という思考回路である。いっそ、民放の地上波もNHKのように全て有料化するのも、ひとつの戦略としてありなのではないだろうかと思い始めている。

 

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高橋維新(たかはし・いしん)弁護士、コラム二スト。1987年、東京生まれ。2006年、東京大学法学部入学。2010年より「マヒ郎」のペンネームでファミ通町内会へ「ハガキ職人」として投稿を始める。現役ハガキ職人を続けながら、2012年に司法試験合格。2013年、弁護士登録(函館弁護士会)。ファミ通町内会長(第5代)。