<フジテレビ「ゴーストライター」最終回に脱帽>脚本・橋部敦子、主演・中谷美紀、演出・土方政人の三者に拍手

テレビ

水戸重之[弁護士/吉本興業(株)監査役/湘南ベルマーレ取締役]

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フジテレビの火曜ドラマ「ゴーストライター」の最終回が素晴らしかった。昨年のTBS「Nのために」(主演・榮倉奈々)を思わせる最終回での大展開と深い余韻を残すエンディングだ。両方ともラストシーンは美しい海だった。
実際の事件をヒントに、橋部敦子のオリジナル脚本で、人気作家の遠野リサ(中谷美紀)とそのゴーストライターの川原由樹(水川あさみ)の相互依存と葛藤を描きつつ、ドラマは進んだ。
物語の初めは人気作家のリサが上でアシスタントの由樹が下。だが、リサは次第に由樹のゴーストライティングなしではいられなくなり、リサが下に降り、由樹が上にあがる。と思うと今度は由樹が壁につきあたり下に降り始め、逆にプレッシャーから解放されたリサが小説を書き始める。
二人のシーソーは最後はどちらが上にあがるのか。はたまたシーソーは水平にバランスするのか。それは二人の握手なのか決別なのか-。そんな思いで最終回を迎えた視聴者も多かったと思う。
ところがその最終回、思いがけない展開が視聴者を一気にドラマの深みに引きずり込む。今度は二人の担当編集者だった神崎(田中哲司)が軸の中心となる。
ゴーストライティングの仕掛け人であり、当初はリサの愛人、しかしゴーストライティングが明るみに出るやリサを切り捨て、次は由樹を利用して売上部数を伸ばし、駿峰社の最年少役員となった男だ。
純粋に良い作品を出したいと願う若手編集者の小田楓人(三浦翔平)が、リサと由樹の共同執筆の企画を、神崎には知らせずに常務の鳥飼(石橋凌)に提案する。子飼いだった神崎の増長ぶりを苦々しく思っていた鳥飼は、知人の小さな出版社を紹介する。遠野リサをめぐる男たちのドラマが動き始める。
図書館の2階で小田がリサに由樹との共同執筆を持ちかけるシーン。右に立つ小田と左に立つリサの間を割って入るように、ゆっくりと階段を登ってくる由樹。天井や階段と人の配置のシンメトリック(左右対称)なカット割りが美しい。
共同執筆に同意し、創作のアイデアが沸き起こるリサ。タイトルは「偽りの日々」、ゴーストライティングの暴露本と見せかけて重厚な人間ドラマにするの、と提案する。これは、橋部敦子がこのドラマの脚本を執筆し始めた時の着想そのものなのだろう。
リサ復活のきっかけの言葉をくれたかつてのライバル作家の向井七恵(山本未来)が、本の帯に写真入りのコメントを寄せる。3人の女流作家のベクトルが、互いの距離を保ったまま、編集者の神崎に襲い掛かる。
自費出版だった「偽りの日々」はベストセラーとなり、遠野リサと川原由樹は完全復活する。リサは一度はボツにされた「私の愛しい人」を駿峰社から出版することになる。担当はもはや神崎ではなく、役員レースで神崎に敗れた単行本編集長の岡野慎也(羽場裕一) だ。
リサと由樹のシーソーが太い横糸とすれば、成り上がった神崎と、彼に押しのけられた男たちとの対立の構図が縦糸だ。
駿峰社が主催する大勢の作家を招いてのパーティーに、リサと由樹はパーティドレスに身を包み、並んで現れる。迎えるのは、因縁の神崎だ。

「お待ちしておりました。」

と丁重に迎える神崎に、二人は目もくれず前を向いたまま素通りする。深々と腰を折った神崎の後姿の両脇を、凛(りん)としたリサと由樹が通り抜ける。太い横糸に縦糸が織り込まれ、見事なタペストリーが出来上がった瞬間だった。女たちは男を倒し、作家は編集者を倒した。橋部敦子の脚本にそう書かれているようだった。このドラマの最高の見せ場だ。
さあ、ここからは女王の帰還だ。パーティー終了後、神崎がやけ酒を飲むバーに遠野リサが現れる。ひとしきり神崎に皮肉を言った後、リサがいう。

「今でも一番感想言ってもらいたい人はあなたよ。それはこれからもずっと変わらないわ」

わずかに表情を変えて神崎が言う。

「・・・時間は大丈夫か。あの作品の素晴らしさを語り始めたら3時間はかかる」

「たったの3時間?」

いたずらっぽくリサが言う。何なんだ、この大人の男と女の会話。
リサは人違いとはいえ自分を背中から刺した元秘書の田浦美鈴(キムラ緑子)に、

「面倒で扱いづらい小説家の秘書なんて簡単に見つかると思う?」

リサにずっと忠実だった美鈴は、リサの言葉を待つように表情を改める。

「田浦さん、もう一度、お願いできますか」

とリサが頭を下げる。涙でうなづく美鈴。
自分を離れて行ったリサの息子は、懸賞小説に応募し、自分の背中を遠くから追いかけ始める。重度の認知症でリサを娘と認識できなくなった母親(江波杏子)は、リサが置いて行った「私の愛しい人」の原稿を最後まで読み終え、一粒の涙を流し、疲れて自分のベッドに眠り込んだリサに優しい目を向ける。
リサは文壇の女王の座を取り戻す。一度地に落ちて、すべての状況を受け入れることで這い上がってきた、凄みのある女王として。
ラストシーン、海辺で由樹と別れた後の、リサのラスト・ナレーション。

「偽りの私も、本当の私だ。愚かで愛すべき・・・私だ」

<すべてを受け入れなお孤高の高みに君臨する美しき遠野リサ>という女流作家像を生み出し、彼女を巡る人間関係の深みを丁寧に描いた脚本の橋部敦子。そのリサを、たとえば下に落とした視線の角度を少し変えるだけで感情の動きを示すような抑制の効いた演技で演じ切った中谷美紀。
中谷だけでなく、田中哲司、石橋凌、江波杏子、キムラ緑子ら、脇を固める役者たちの抑えた演技を演出しこのドラマ全体の緊張感と上質感を出すことに成功したチーフ演出家(最終回も担当)の土方政人。三人に拍手を送りたい。
 
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