<テレビの役割にカウンター・デモクラシーを>テレビ朝日・早河洋会長が古賀茂明氏を「あってはならない件」と切り捨て
高橋秀樹[放送作家/日本放送作家協会・常務理事]
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テレビ朝日の早河洋会長が、3月31日の定例記者会見で次のように発言した。
「報道ステーション」の生放送において、元経済産業省官僚の古賀茂明氏が安倍政権のバッシングがあり、早河洋会長などの意向によって、同番組を降板させられたと発言。古館キャスターと、口論になったことについてである。
早河洋会長「ニュースの解説・伝達が役割の番組で、出演を巡るやりとりがあり、あってはならない件だった。皆さまにお詫びをしたい」
重要な発言なのでもう一度書く。
早河洋会長「ニュースの解説・伝達が役割の番組で、出演を巡るやりとりがあり、あってはならない件だった。皆さまにお詫びをしたい」
一読、大変わかりにくい発言だと思う。どこがわかりにくいのか。もう一度
早河洋会長「ニュースの解説・伝達が役割(これは当該番組自体とコメンテーター古賀氏を含めた意味か?)の番組で、出演を巡るやりとりがあり、あってはならない件(ナゼあってはならないのか、その理由は何か?)だった。皆さま(視聴者のことを指すのか、会見に来た記者たちのことを指すのか?)にお詫びをしたい」
ナゼあってはならないのかについては、このところよく持ち出される、
「放送法によって不偏不党が謳われているから」
だ、とおっしゃるだろう。ただし今回の場面では
- 公共の電波で個人的な意見を述べた
- それは事実に基づいていない
- 打ち合わせでは聞かされていない不規則発言であった
と言う意味も含まれている。だからテレビ朝日は「古賀氏の発言に承服できない」という公式コメントをHPで発表したのである。
早河洋会長は、政治家からの圧力は「一切ありません」とし、「古賀氏は金曜日のゲストコメンテーターで、有識者をその都度呼んできた」4月の年度替わりに際し、コメンテーターの人選も含めた内容の刷新を指示したが「固有名詞を挙げて議論したことはない」そうである。
テレビ朝日は大変良い放送局である。上層部が現場に不必要に口出しはしないと言うルールがきちんと守られているからだ。
古館キャスターも、生放送の時に、単なる4月の年度替わりの交代だと同じ主旨のことを言っていたが、テレビを作ったことのある人なら、エンターテインメント性が求められる現代の報道番組で視聴率に重要な影響を与えるコメンテーターを「単なる交代」と言う理由で代えることは絶対にないことを誰でも知っているだろう。
大抵は個人の名前を挙げて、その降板理由(発言内容、見た目の美醜、口跡の善し悪しなど)も含めて激論になる。議論が終わると卒業という名で何もなかったかのように降板させられる。
ところで、民主主義では政党は国民を代表することになっている。だが、今、政党は政府を代表するようになってしまった。
このように民主主義が機能しなくなってきている現在、「カウンター・デモクラシー」が必要だと述べるのはフランスの民主主義学者ピエール・ロサンヴァン氏である。ロサンヴァン氏がカウンター・デモクラシーの一番に挙げるのはマスコミである。
ナポレオン3世は、
「私は、報道の自由に反対だ。なぜなら、記者たちは選ばれていないから、選ばれたものだけに人民の声を代表させるために報道の自由を廃止したい」
と言ったそうである。これは間違っていることが容易にわかるだろう。
報道の自由を与えられた中で、いま日本のテレビマスコミはロサンヴァン氏がいう、カウンター・デモクラシーの役目をきちんと果たしているのだろうか。
読売新聞がバックの日本テレビは、産経新聞と同じグループのフジテレビは、日本経済新聞が大資本を持つテレビ東京は、国会に予算承認を握られるNHKは、身軽なはずのTBSは?
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