<業界に自浄作用はあるのか?>「ほこ×たて」のBPO審議入り保留はバラエティー番組の自殺である

テレビ

高橋秀樹[放送作家]
2013年11月19日

 
放送倫理・番組向上機構という大上段に構えた名称を持つBPOは「NHKと民放連によって設置された第三者機関」である。「権力の介入を許さず自浄作用で放送番組の不義を問う」というのがその存在理由だと僕は理解していた。
そのBPOが、やらせ・嘘・動物虐待という決してやってはならないことをやった「ほこ×たて」の審議入りを保留した。フジテレビが「視聴者の期待と信頼を裏切る行為が確認された」などとし、1日に放送打ち切りを発表したのにである。なぜすぐに、審議入りを決めなかったか。朝日新聞の記事はこう伝えている。

「ひとつは、フジ側が提出した資料では判断材料として不十分だと考えたため。もうひとつは、演出が『視聴者の信頼を裏切る』レベルだったかどうか、委員の見方が分かれたためだ」

一つ目はフジの言い訳文書だからおいておこう。ふたつ目は委員の見識を疑う発言である。ガチンコ勝負を謳う番組で、勝敗の行方を捏造しているのに『視聴者の信頼を裏切る』レベルかどうかわからないと発言する委員はどんな曇った目を持っているのだろうか。
バラエティだろうが、報道だろうが、ドキュメンタリーの形をとっている限りは「嘘はダメだ」というのが視聴者の感覚である。常識人の感覚である。
川端和治委員長は会合の後、

「視聴者はバラエティ番組として見ている。少しでも事実と違えば怒るのか、『どうせ演出しているに決まっている』と見ているのか(がポイント)」

と語った(朝日新聞)というが、怒るかどうかは問題ではない、嘘をやったかどうかが問題なのである。テレビなんてどうせ嘘と思われることがテレビの自殺行為であることをこの委員長は分かっていない。バラエティもドキュメンタリーもテレビという同じ箱(今は板だが)から出ているのである。
バラエティ番組はなぜ、ドキュメンタリーを装うのか、それは、真実の方が面白がってもらえるからだろう。つくりでやっても真剣には見てくれないからドキュメンタリーの形式を取るのだろう。ならば嘘をやってはいけないのは当然の理であることを番組製作者も、BPOの委員も気づかないとは暗澹たる気持ちにならざるを得ない。自浄作用など期待できないのではないか。
僕はここで、やらせと演出の境を一つ提案しておきたい。それは「やってしまって、嫌な思いをする人、悲しむ人がひとりでもいるかどうかである」。「ほこ×たて」で言えば現実にラジコンカーの操縦者が嫌な思いをした。悲しむ人は「ほこ×たて」以前のヤラセでも、たくさん存在したはずだ。ドキュメンタリーのはずなのに台本を書かされた人。編集所でテグスの跡を消す作業をさせられた編集マン。現場にいて、口封じされた純真なAD。そしてなにより、本当だと信じてテレビを見せられてしまった人。
ところで、笑いの世界では「マジにはかなわない」という不文律がずっと言われてきた。つくって転んだ笑いは、本当に転んだ人の面白さにはかなわないということだが、これは一面の真理ではあっても全面的な真理ではない。なぜなら、作った笑いで、マジのアクシデントの笑いに勝ることはできるからだ。
「マジにはかなわない」は、笑いをつくる人の自嘲気味の敗北宣言であって、その心の裏ではマジより面白い笑いをつくってやると思っているのが、本当の笑いの人なのである。ただし、マジには黑魔術のような魔力があるから、誘惑されてマジだよりになっているバラエティ番組がたくさんある。マジのとりこのなった番組は笑いのつくれなくなった集団が作っているわけで、早晩衰退して消えてゆくのである。
BPOは直ちに「ほこ×たて」の審議入りをすべきであるし、委員の構成をもう少し常識人に代えるべきである。