<AD/HD(注意欠陥/多動性障害)と薬> 日本イーライリリーは不安を煽って薬を売ろうとしているのか?

ヘルスケア

高橋秀樹[放送作家/日本放送作家協会・常務理事/社会臨床学会会員]
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努めて冷静に事実のみで構成して本稿を書く。筆者の評価・意見も、入らざるを得ないので、その部分は「  」で示す。
まず、ここでとりあげるAD/HD(注意欠陥/多動性障害)について説明する。文字通り多動性、不注意、衝動性を症状の特徴とする発達障害であり、これら症状が定型発達者より顕著であるために生活に支障をきたす障害である。原因は脳の器質的な欠陥であると推定されている。
このAD/HDに関して、筆者は製薬会社・日本イーライリリー社が開設するウェブサイト(ADHD.co.jp)を「見て愕然とした」。このサイトには、

  • 親と子のためのADHDサイト
  • 大人のためのADHDサイト

という項目があり、子どもや自分がAD/HDはないかと心配する人のために、子どの用の“日常生活のチェックリスト”と“成人期のAD/HDの自己記入式症状チェックリスト” がある。
子どもの“日常生活のチェックリスト”には“後藤太郎:小児の生活機能評価のためのツール「子どもの日常生活チェックリストQCD」の臨床応用の可能性”から採用したという以下のようなチェックリストが並ぶ。

  • 01 お子さんは、速やかにベッドから起きられますか?
  • 07 お子さんには、学校で受け入れてくれる友達がいますか?
  • 20 お子さんは、混乱、言い争い、反抗的行動なく過ごせる日の方が多いですか?

など、20のチェック項目である。これらのチェックの結果はサイトに表示されないがメールで送ってくれる。一方、成人期のADHDの自己記入式症状チェックリスト”の方は世界保健機関(WHO)などの協力で作成したリストであると表示されている。(「WHOならWHOのもので両方のチェック項目を作ればいいのに出来ない理由があるのだ」)チェック項目は以下のようなもの。

  • 01 物事を行なうにあたって、難所は乗り越えたのに、詰めが甘くて仕上げるのが困難だったことが、どのくらいの頻度でありますか。

など、6つのチェックがある。
こちらはすぐにチェック結果がサイト上に表示されるが、ちなみに6つの質問すべてに“非常に頻繁” と答えると……

  • チェック項目が4つ以上のあなたはADHD の症状を持っている可能性が考えられます。お近くのお医者さんにご相談を。

という表示がなされる。
問題はこの“お近くのお医者さんにご相談を。”の部分である。子どもの場合も大人の場合も、「筆者にはチェックでAD/HDへの不安を煽って病院に行かせ薬を処方させようとしているとしか思えないのである」
日本イーライリリー社は製造販売する新薬ストラテラについてプレスリリースでこう謳っている。

注意欠陥/多動性障害(AD/HD)治療剤「ストラテラⓇ」、日本で初めて、成人期のAD/HDへの適応承認
~AD/HDの中核症状を改善し、QOL(筆者補足・生活の質のこと)向上にも貢献する治療選択肢を提供~
日本イーライリリー株式会社(本社:兵庫県神戸市、代表執行役社長:アルフォンゾ G.ズルエッタ )では、2012年8月24日、注意欠陥/多動性障害(AD/HD)治療剤「ストラテラ®について、日本で初めて、成人期のAD/HDへの適応追加の承認を取得しました。これにより、今まで承認された治療薬がなかった、成人期(18歳以上の)AD/HD患者にも治療選択肢を提供できることになりました。なお、「ストラテラ®カプセル40mg」を同日発売いたします。

かつて、AD/HDには、リタリンというノバルティスファーマ製の薬が処方されることが多かった。ただしこの頃、リタリンは、AD/HD薬としては適応外だったので、便宜的にうつ症状があるとして、処方していた。
ところがリタリンは依存性が高いという副作用があり、これを患者の求めるまま大量処方する医師などが出て社会問題化、2007年(平成19年)10月26日に厚生労働省はリタリンの使用を厳格化した。ノバルティスファーマも流通を規制、2008年(平成20年)1月以降処方できる医師を専門医のみとする登録制での販売に切り替えた。
こうした結果リタリンはAD/HDには使えなくなったのである。医者も患者も困った。そこに現れたのがAD/HDの承認薬イーライリリーのストラテラなのである。
“お近くのお医者さんにご相談を。”のページの後には病院が検索できる機能がついている。この病院検索サイトは、「一瞬で消えて見えなくなってしまう」次のような注意書きがある

AD/HD病院検索 外部サイト(QLife)に移動します。
リンク先のサイトは日本イーライリリー株式会社の所有・管理するものではありません。
日本イーライリリー株式会社は、リンク先の内容・サービスについて、一切責任を負いません。
また、リンク先サイトをご利用になる際には、リンク先の規約に従ってください。

この注意書きが「読めないほどあっという間に消えてしまうのは、どんな理由によるのか。見せたくないのではないかと思わざるを得ない」
“日本イーライリリー株式会社は、リンク先の内容・サービスについて、一切責任を負いません。”「とは、なにごとか。責任が終えないなどと逃げを打つなら、病院検索などやるべきではない」
筆者は実際に検索してみたが、「自分が信頼している病院の名前が出てこない」国立成育医療研究センター、都立小児総合医療センターなどの名前も出てこない。「診療所からの紹介状の必要な大病院は除いてあるのかと思ったが」そうでもない。「これでは片手落ちである、不完全な病院リストから結果的に不本意なクリニックを選んでしまいかねない」
さらに、サイトには……

  • このチェックリストは、お医者さんに相談する際に、症状を的確に伝えるためのシートです。診断結果を表すものではありませんので、印刷をして、受診の際にお役立て下さい。

と、あるが、
「チェック形式で答えたものには、見方を固定してしまう危険があると思う。つまり、それ以外の見方が出来なくなってしまう難点があると筆者は考える」
「発達障害に詳しい精神科医ならば、決してこのようなチェック式の質問はしないだろう。親も含めて、これはきわめて大事な生育歴を聞きながら、子どもと雑談をしていくうちにAD/HDに当てはまるかどうか判断をするはずだ」
筆者は若いころ間違いを犯したことがある。自閉症が疑われる少年がいた。筆者の頭の中には、自閉症者には限局的なこだわりがある、というチェック項目がこびりついていた。
それで、少年のこだわりを探した。すると、この少年には好き嫌いがあることがわかった。それも奇妙なこだわりのある好き嫌いである。イチゴを食べない、スイカも食べない、トマトも食べない・・・。あっ、この少年は赤いものを食べないというこだわりを持っているんだ。見つけた、と報告した。
ところがある日、少年は真っ赤なスパゲティミートソースをバクバクと食べているではないか。

君、赤いものが食べられないんじゃないの? トマトも、スイカも、イチゴも……?

違うよ、ぼくの食べられないものは青臭いもの。

これは、定型発達の少年と同じことで、こだわりでも何でもない。
アメリカ精神医学会が作った精神障害の診断と統計マニュアルDSM-5(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders−5)や、世界保健機構WHOが作った疾病及び関連保健問題の国際統計分類ICD-10(International Statistical Classification of Diseases and Related Health Problems-10)も、疾病に当てはまるかの項目が並んでいるものだが、「これは病気チェック作るための参考書ではない」
「モテる度チェックとか、おばさん度チェックとか、こういった何とかチェックは、エンターテインメントの中のお遊びに留めて欲しいものである」
ところで、日本には、日本AD/HD学会というものがある。
国連児童の権利委員会は、2010年6月11日の時点で「締約国がADHDの診断数の推移を監視するとともに,この分野における研究が製薬産業とは独立した形で実施されることを確保するよう勧告する。」と日本に対する最終見解を述べている。
しかし、学会は相変わらず、AD/HD治療薬を製造販売しているイーライリリーとヤンセンファーマがスポンサーとなっているのである。
(追記)
「”うつはこころの風邪”というのは実に巧妙なキャッチコピーだった。これが、気軽にみんなが、うつ病の薬を飲むきっかけになったことはまちがいない」
 
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