<「めちゃイケ」に見え始めた死に至る病>文句や批判がされなくなったらもう終わりだ

テレビ

高橋維新[弁護士]
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2015年5月23日放映の「めちゃ×2イケてるッ!!」(フジテレビ)の感想を記したい。今回は「めちゃギントン」と「27時間テレビの番宣」と「オカネ屋」であった。
「オカネ屋」は特に言うことがない。敦士は、新メンバーオーディションでウケたTバック芸が飽きられてから、全く番組の役に立てていない。番組側はその点をイジることで彼の使い道を見出そうとしているが、それももうやりすぎて視聴者に飽きられる頃である。
武田真治や雛形あきこのような不良債権になる前に、後腐れなく切るべきである。
「27時間テレビの番宣」は、まぁ「番宣」なので鼻をほじりながら見るぐらいでちょうどいい。「めちゃイケ」なので、「岡村扮するホンキーマンと中居の絡み」「大久保とマッコイの絡み」という形で番宣もコント仕立てにしてくるのであるが、いずれも映像が短すぎるのでまた論評する段階に至っていない。
「めちゃギントン」は、以前記した問題点が噴出していたので新たに言うことはない。
せっかく関根勤をゲストに迎えているので、彼のモノマネをベースにつなげていけば見ている分にはおもしろい映像ができるはずなのだが、間に挟まる子役が流れをぶった切ってしまう。
あそこにいる子供はあくまで「子役タレント」なのだが、(子供の意向は関係なしに)親がやらせているだけの場合も結構あると思われるので、「ゆうせい」のようにただのイタい素人みたいなのも画面に映ってしまうのである。
「めちゃイケ」であればその点をイジることで笑いにも変えられるが、相手が小さな子供なので「めちゃイケ」流のキツいイジり方をすると視聴者が引いてしまう。結局、どう頑張っても正視に堪えない絵面にしかならない。
今回は、こんなことか言うことがない回であった。
筆者は視聴者として、毎回「めちゃイケ」に結構キツい注文を付けている自覚はあるが、批判さえされなくなったら終わりである。
「めちゃイケ」のいいところは、ウケた企画・コーナーでも飽きられればさっさと切って新しいことをやるところである。ウケた企画をずっとやっていると、いずれ飽きられて番組が終わるあるいは終りかけるというのは以前も記したところである。
同じ企画ばかりやられると、さすがに筆者も書くことがなくなる。それはとりもなおさず、「めちゃイケ」が新しい企画をやる気概や能力さえなくなってきたということである。
つまり、筆者にさえ文句を言われないようになってくると、いよいよ死が指呼の間に来たということになるのである。
気を付けて欲しい。
 
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