<ダウンタウンの非礼>マセキ芸能・柵木眞会長と内海桂子・好江師匠
高橋秀樹[放送作家/日本放送作家協会・常務理事]
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筆者は怒りで心の中が震えていた。大げさでなく震えていた。この怒りを誰かに伝えなくては収まらなくなって、話がわかってくれそうな放送作家の仲間に電話したくらいである。
「おい、すぐ見ろ。テレビつけて。ダウンタウンの番組、見ろ、いま」
もう10年以上前のことだろう。こんなことを思いだしたのは、老舗芸能プロダクション・マセキ芸能社会長・柵木眞さんの著書「マセキ会長回顧録」を読んだからだ。
マセキ芸能と言えば、ウッチャンナンチャンを育てた芸能プロとして有名だが、筆者にとってはむしろ、内海桂子・好江師匠の所属事務所としての方がしっくりくる。桂子・好江師匠といえば、もちろん漫才界の大御所で、大ベテランなのにちっとも古びておらず、桂子師匠の年輪を重ねたボケと、14歳若い好江師匠の江戸前の啖呵が小気味よいオーソドックスな漫才ぶりを思い出す。
あれは、たぶんお一人での出演だったが、その好江師匠をダウンタウンが冠番組の中でドッキリに落とし込んでいた。しかも笑いの大先輩としての、尊敬の念など少しも感じられず、ただ、ただ、好江師匠を怒ると怖いおばさん芸人という記号として扱って、怒らせている。
最初は出来レースかと思ってみていたが、好江師匠のダウンタウンに対する怒りが尋常ではない。好江師匠の目がマジだ。どんなドッキリだったか忘れてしまったが、待ち合わせをしたのにその場所に時刻になっても現れずに、それをこっそり見ているというたぐいの稚拙なドッキリだった。
編集もしないので、あるいはそれが面白いと勘違いしたのか、好江師匠のマジ怒りをカットしようともしない。
失礼にもほどがある。非礼である。そう思う筆者の方の感覚がずれているのか。それも確かめたくて電話をしたのだった。仲間は電話口で「最後のほうしか見られなかったから判断できない」と言っている。
筆者は翌日テレビ局に行くと会ったディレクター、すれ違ったプロデューサー、後ろ姿の作家仲間、手当たり次第に捕まえてこの話をした。運悪く誰も見ていないようで話が伝わらない。最後に捕まった先輩作家だけが、
「アリャダメだよ」
と、同意してくれた。
もう、ダウンタウンは飛ぶ鳥を落とす勢いだったし、「非礼だ」といくら筆者が叫んでも、これが、受け入れられる余地は少ないだろうと気づいたが、せめて、筆者だけでも「非礼だ」と思ったことを記憶しておこうとそのときは思ったものだ。
でも、前掲の本を読むまではそのことさえ忘れていたのである。第一、今のダウンタウンは齢を重ねたからであろう、先輩に非礼なことなどは少しもない。
「マセキ会長回顧録」には、このダウンタウンの話も出てくるのではないかと、ゲスな興味で読み始めたのが、そんな話は全く出てこなかった。何しろ柵木会長は、
「ホントに面白い話は他人様には言えないからねえ」
とおっしゃっているのだ。ただし本書では所属のタレントに、礼儀に関してはきちんと仕込んだと書いてある。マネジャーというものはタレントの付き人ではない。柵木会長はタレントの行くべき姿を計画してマネージしていくのがマネジャーであることをきちんと、いや当たり前に実施してこられた方なのだ。
柵木眞マセキ芸能社会長、89歳。修羅場をくぐり抜けてきた昭和の興行師である。
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