<立花隆の書評も混乱>草薙厚子氏「元少年Aの殺意は消えたのか」の印象操作とミスリード
高橋秀樹[放送作家/日本放送作家協会・常務理事/社会臨床学会会員]
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評論家・立花隆さんは週刊文春に5週に一回「読書日記」を書いている。筆者はそこで「立花隆が読んだ」と書いてある本はほぼ、すべて買う。さすが「知の巨人」といわれるだけあり、色々と参考になることが多い。
だが、10月1日号の立花さんの書評には苦言を言っておかねばならない。草薙厚子氏の「元少年Aの殺意は消えたのか」(イーストプレス)についてである。(以下引用)
「(本書は)『絶歌』出版以後、関係者を再取材した上で、医療少年院における彼の治療の試みはすべて失敗したと結論づけている。彼につけられるべき病名は『広汎性発達障害』であり、同じような症状をきたしている青少年が日本にかなりあらわれている話に頭をかかえた」
とある。まず、広汎性発達障害は「病名」ではない。障害名である。英語では pervasive developmental disordersであり、原因は特定できていないが、脳機能の発達が関係する生まれつきの障害であるとの意見が大勢である。
広汎性発達障害と広汎性のつかない「発達障害」も違う。「発達障害」は上位概念であり、その中に自閉症、アスペルガー障害、広汎性発達障害、学習障害、注意欠陥/多動性障害などが含まれる。(政府広報オンライン・http://www.gov-online.go.jp/featured/201104/contents/rikai.html)
これら障害名は、アメリカ精神医学界の診療マニュアルの改定(現在はDSM-5)によって、WHOのマニュアルICD-10(日本の厚生労働省はこれを採用)と整合性がつかなくなっているのが現状である。
日本の大方の精神科医が採用するDSM-5では、広汎性発達障害という名称は既になく、自閉症分野ではアスペルガー障害も含め、自閉症を知的障害を持つ者から定型発達者まで連なるグラデーションで表現する「自閉症スペクトラム」という表現が用いられている。スペクトラムは連続体という意味である。
しかし、立花さんが、
「彼(少年A )につけられるべき病名は『広汎性発達障害』であり、同じような症状をきたしている青少年が日本にかなりあらわれている話に頭をかかえた」
という感想を持つのはやむを得ない事かも知れない。その理由は草薙厚子氏の著書の執筆姿勢にある。
草薙厚子氏は、「元少年Aの殺意は消えたのか」の第四章「元少年Aの『広汎性発達障害』が見落とされた理由」において、
「誤解がないように何度も言っておくが、広汎性発達障害を持つ人が犯罪や事件を引き起こし安いと言うことでは決してない」
と書きながら、同じ章にこうした障害をもった人が起こした犯罪を列挙して、全体として、広汎性発達障害を持つ人は犯罪を引き起こす、と言う印象になるように章が構成されているのである。
ミスリードを誘う文章も見受けられる。
「文部科学省の2012年の調査では全国の小・中学生の6パーセントに発達障害の可能性がある」
とするが、この調査が行われたのは事実であるが、解説でも述べたとおり広汎性発達障害の数字ではなく、学習障害、注意欠陥/多動性障害を含む発達障害の数字である。
数字は精神科医の診断によるものではなく、教員に学習の困難さなどの質問をして推計したものである。意図的に広汎性発達障害と発達障害を混同して使用している。
こうした印象操作は発達障害が最近増えている、と言う印象に結びつきやすい。その妥当なデータは存在しない。乱暴な断定も目に余る。
「人を思いやる気持ちや悲しむ気持ちが想像できず、理解することができない」
もちろん、そんなことはない。
「映像を模倣しようとするのもアスペルガー障害の特徴のひとつだ。たとえば、針金で絞め殺された猫の画像や残虐なシーンが出てくる映画を見ると、それをまるで教材のように受け取って実行してしまう」
こちらも、そんなことはない。
「広汎性発達障害を持つ人は(中略)『痛み』に共感できない傾向にある。(中略)『生命が奪われる』事に鈍感な人もいる」
これは、どんなに稀で特異な例だろう? 筆者は自閉症の研究者でもあるが、こんなこと聞いたことがない。不勉強だからだろうか?
「広汎性発達障害の子どもたちは、なぜおつりがくるかわからない」
知的障害を伴う人の中にいると言うことを言いたいのだろうか?
草薙厚子氏のこうした印象操作の手法は本書だけではなく、「ドキュメント 発達障害と少年犯罪 」(イースト新書)でもまた同じであったことを最後に指摘しておく。
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