空気を読むこと、空気に従うこと – 茂木健一郎

社会・メディア

茂木健一郎[脳科学者]

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しばしば、「空気を読む」という言葉が使われるが、二つの要素がある。一つはまさに「空気を読む」認知能力であり、もうひとつは「空気に従う」という行動である。

日本で「空気を読む」は、実際には「空気を読む」+「空気に従う」を意味する。しかし、「空気を読む」+「空気に従わない」、つまり、空気を読んでも従わないということもあり得る。

「空気を読まない」人には、「空気を読む」認知能力が欠けている場合と、「空気を読む」認知能力はあるのだけれども、それでも敢えて「空気に従わない」人もいる。興味深いのは後者だ。

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創造的な人は、実際には「空気を読む」認知能力はあるのだが、それでも敢えて「空気に従わない」人が多い。

行動だけを見て、あのひとは「空気が読めない」と思われるのだが、実際には「空気を読む」認知能力があっても、それに従わないだけなのである。

「空気を読む」認知能力自体は、自分の行動を文脈に置いたり、自分の作品の価値を考えたりする上で必要不可欠である。その上で、「空気に従わない」行動をとれるひとが、破壊的イノベーションを起こせる。

今まで「空気を読む」、そして「空気に従う」というセットで認知、行動してきたひとも、空気を読んだ上で従わない、というオプションを手にすることで、創造や破壊的イノベーションへの自由を手にすることができる。

ちょっとした視点の転換が必要なのだ。

(本記事は、著者のTwitterを元にした編集・転載記事です)

 
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