クラッシック・バレエを理解できていない人をも感動させるマッシュ・ボーンの「白鳥の湖」
熊谷信也[新赤坂BLITZ初代支配人]
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◆舞台「マシュー・ボーンの『白鳥の湖』」
2014年9月6日~9月21日@東急シアターオーブ(渋谷ヒカリエ11階)
やはり舞台に革命を与えた作品ってすごいです。
ロンドンの初演から実に19年の歳月が流れたとは思えない。そして日本では11年ぶり。バレエで有名な 古典を斬新に変えたロンドンの演出家マッシュ・ボーンはこの作品で天才と言われました。
筆者は常々クラシック・バレエは苦手、歌舞伎も苦手。なぜならこの二つの舞台は、場面の省略が多すぎて多くはストーリーがわからない…と感じてしまうから。昔は5時間、8時間が当たり前だったものを簡略化した結果が、こうなったのだという。なんと観客に不親切なことか。場面が飛ぶのであればなんとか話だけは飛ばないようにするのが普通ではないのか。
そう言うと、
「昔からそうしてますから」
と解説される。
「ストーリーを事前に知らないと楽しめないもの?」
「クラシック・バレエの舞台はこれほどまでに整合性がないの?」
「歌舞伎って本当にイヤホーンガイドがないとわからないの?」
「一部の特権階級だけのもの?」
お金を払って観るのにこの不親切さが私が馴染めなかった理由。しかし、たぶん、ストーリーよりも面白いものがあったのだろう(踊り、化粧、衣装とか?)だから、現在に残っているのでしょう。でも、ですね。バレエも歌舞伎もわかりやすい話もたくさんあるらしいのですがホント、無茶苦茶な話もたくさんあるのです。
そのような感情が働き歌舞伎とバレエから足が遠のいたのは事実。筆者は、キチンと予習復習を欠かさず学びながら徐々に楽しむ優等生ではなかったし。
筆者は2003年のこのマシュ・ボーン版「白鳥の湖(スワン・レイク)」に驚愕した。いやいや、バレエと歌舞伎がだから馴染めなかったのだと納得がいった。
まるで、台詞が聞こえてきそうな動き、まるで感情が見えてくるような踊り。一切、台詞がないと言うのに全ての言葉が聞こえるように思えストーリーが見える。そして、知っているチャイコフスキーの「白鳥の湖」がこんなにも踊りと一体化するとは思わなかった。
やられた。
女性が踊る白鳥を男性が踊る。男性のエネルギッシな群舞も圧巻だった。クラッシック・バレエを理解できていない私にも感動をありがとうと素直に思った。この作品が世界各国100万人動員という超メガヒットにつながった理由もここにあるのだと思う。
この超メガヒットとなった初演のアダム・クーパー本人に2003年、直接このことを話した。
「私は常々クラシック・バレエは苦手、歌舞伎も苦手。なぜならこの二つの舞台は、場面の省略が多すぎて多くはストーリーがわか らないのです。だいの大人が真っ白いタイツで股間をモッコリさせながら踊るのも今時どうなのでしょう、笑ちゃいませんか?」
それに 答えたアダム・クーパーにも、もっとびっくりした。
「そうです。だから私はイギリスのロイヤル・バレエを引退してこのカンパニーで今、このスワン・レイクを踊っているのです。こ れから色々挑戦したいんです」
それから様々なことに意気投合して、それ以後の彼のイーストエンド作品「ON YOUR TOES」(2004年・ゆうぽうと)の招聘、そして私たちがアダム・クーパーと話し合いを重ね、日本から世界 に発信した「危険な関係」(主演・演出:アダム・クーパー2005年ゆうぽうと、青山劇 場)の制作ヘといたる。この作品はロンドン、サドラーズ・ウエルズ劇場で3週間上演された。
その後の彼の活躍は目覚ましい。昨年はロンドンでミュージカル「雨に歌えば」が大ロングランヒット。そしてこの秋、その「雨に歌えば」が日本に来る。彼は言葉通り、ダンサーから歌って踊れるミュージカルスターへと変身を遂げた。
そして、11年前にアダム・クーパーで観た奇跡が再び。1ここ東京で目撃されることとなった。その男の名はマルセロ・ゴメス。ブラジルで 生まれ、アメリカでび、フランスはパリオペラ座卒業後、アメリカン・バレエ・シアターで現在活躍中の35歳。優雅で力強く、セクシーで挑発的。
この日の、舞台では奇跡が起きていたのだ。全ての動きが神々しく輝いて見えた。終了後、3度のカーテンコール。素晴らしいとしか言いようがなかった。アナウンスが入り「本日の公演は全て終了いたしました。どなた様もお忘れ物なくお帰りください・・・」そして緞帳が降り幕は閉じた。それでも、観客の拍手が鳴り止まない。出口に向かった私も通路で足を止めた。観客の8割が3度のカーテンコールが終わっても帰ろうとしないのだ。
まだ、余韻さめやらず必死でその感動を会場内にとどめようと声をあげ、拍手を惜しまない。バラバラな拍手が 揃い始めて一定のリズムになり観客の拍手はもう止まらない。5分はたっただろうか、幕 が開いた。キャスト全員がステージ奥から前方まで歩いてくる。こちらに向かってくる。ファンとなった我々も声援を惜しまない。マルセロ・ ゴメスは泣いている様に見える。
傑作作品はキャストを代えながら成長して行く。演出家マシュ・ボーンもすごいだ。振り付けはところどころ新しくして楽しみを 増やし客を飽きさせない。ここまで来るのに19年かあ。
舞台はいつでも新鮮だ。
生身の人間が目の前で踊る。Face to face。踊り手を直接自分の目で見る。この原始的な構造である限り演者と客の関係は永遠だ。そして我々は感動を劇場から自宅に持ち帰る。今夜の感動の犯人の名はマルセロ・ゴメス。
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