原作・脚本・演出・プロデューサーのすべて女性のTBSドラマ「Nのために」が面白い

エンタメ・芸能

水戸重之[弁護士/吉本興業(株)監査役/湘南ベルマーレ取締役]

***

高級マンションの1室。床にはセレブ夫婦の死体が横たわり、それを取り囲むように4人の大学生がいる。1人は女学生だ。男の1人の手には血の付いたろうそくの燭台が握られていた。
このように始まるTBSドラマ「Nのために」。原作者の湊かなえを始めとして、脚本家、プロデューサー、チーフ演出家、がすべて女性である。視聴率こそとれなかったが、終わってみるとネットでの評価は総じて高かった。
被害者は、エリート商社マンの野口貴弘(チュートリアル・徳井義実)と、その妻・野口奈央子(小西真奈美)。夫は後頭部から出血し、妻は腹部を包丁で刺されていた。
その場にいた大学生は、野バラ荘の住人だった、杉下希美(榮倉奈々)、作家志望の西崎真人(小出恵介)、安藤望(賀来賢人)の3人と、希美の故郷の同窓生・成瀬慎司(窪田正孝)。西崎が逮捕され、自供により殺人罪で10年の懲役を科される。
エリート商社マンの野口が妻の奈央子を包丁で刺し、奈央子と不倫関係にあった西崎が逆上して野口の後頭部を燭台で殴りつけた、ということだった。
10年後、この事件に疑いを抱いていた元警察官・高野(三浦友和)は、事件の真相を追い始める。なぜ他の3人はそこにいたのか? 本当に刺したのは誰か? 本当に殴ったのは誰か? そこに、事件から5年前に、瀬戸内海に浮かぶ島で、杉下と成瀬が遭遇した放火事件が微妙に影を落とす。
被害者夫婦も含めて、主要な登場人物すべてにイニシャル「N」がついている。
(A)杉下(榮倉)に好意をもつ安藤(賀来)と成瀬(窪田)、どちらにも頼らない杉下という構図
(B)同じトラウマをもつ人妻・奈央子を救おうとする西崎(小出)とこれに協力する杉下たちという構図
この2つの大きな流れの中で、それぞれの「N」が他の「N」にメッセージを発し、それを受けた「N」が行動を起こす。発信した「N」のために。しかしメッセージの解釈はそれぞれの「N」で微妙なズレがある。
杉下と成瀬は、高校時代、シャープペンのカチカチ音で、メッセージをやりとりしていた。3音、4音、5音。若い二人はその意味を相手に確認しないまま、解釈していた。奨学金資格を譲った杉下が成瀬に送った「よ・か・っ・た・ね」が成瀬は「し・ん・じ・ま・え」と受け取っていたり。杉下の「た・す・け・て」の意味を成瀬がわからず、それはそれで杉下はほっとしたり。
事件の核心でも、登場人物の心の中でシャープペンのカチカチ音が送られる。が、それは少しずつずれて伝わっていく。「私を助けて」が「私たちを助けて」だったり、「あなたを守るため」が「自分ははずされた」だったり。ビリヤードの球が少しずれて他の球を次々と不調和にはじいていくように、多くの「ずれ」がいくつも重なって、思いもよらない方向に化学反応を起こし「事件」へと収斂(しゅうれん)していく。
物語の時代設定は、島での1999年の放火事件、2004年の殺人事件、その10年後の2014年(現在)と、3つの時代を行きつ戻りつする。原作では、事件の日、事件から10年後、事件の5年前、といったざっくりとした時間の割り振りになっている。
西崎は事件から10年後に出所したようであるが、通常なら西崎は模範囚として7年程度で仮出所の計算かな、とも思う。もっとも、原作者の湊かなえ自身が「私の初のラブストーリーです」と明言しているように、これは司法ドラマではないので、刑事司法の時間軸の正確性よりも、5年、10年と、読者や視聴者にわかり易い大きな区切を設定した、と考えるべきだろう。
一方、犯罪事実の認定も気になる。西崎は野口に殴る蹴るの暴行を受け、床にはいつくばって逃げようとしたが、外からかけられたチェーンに阻まれた。さらに、野口は、包丁で奈央子の腹部を二度も刺している。このような状況で野口に対して燭台で殴り掛かる行為は、殺人ではなく傷害致死ではなかったか。西崎は自供では殺意を認めているが、原作では、部屋に入るまでは誰かを殺すことなど考えていなかったとも言っている。
また、野口の自分への暴行に対する正当防衛または奈央子を助けるための(刺した行為を止めるための)緊急避難で、いずれにせよ犯罪不成立の可能性があったのではないか。それが過剰だったとしても、過剰防衛又は過剰避難で減刑されたのではないか(刑期数年?)。
西崎には安藤の尽力で優秀な弁護士が付いたことになっているので、同業者としてはつい気になるところである(弁護士コラムニストの悪しき点である)。
安藤望は、ただ一人ノーマルであるがゆえに、エリートの階段を昇りつつも、希美が愛の条件と考えている「罪の共有」に入れない。賀来賢人は安藤の孤独をうまく演じていた。自信家の西崎(小出恵介)が、事件の現場で奈央子から真実を打ち明けられた時の「驚愕」の表情もよかった。
お笑い芸人・徳井のエリート商社マン役は、当初インチキくさく、ミスキャストでは?とも思ったが、ドラマが進むにつれ次第に彼の本業の漫才での芸風-狂気を秘めた男前芸人もしくは変態嗜好(?)-とシンクロしていく。納得してよいものやら少々迷ったが、最後は役になりきっていたように思う。
シャープペンのカチカチ音とその解釈。そこにはいつもズレがある。あらゆる人間同士のメッセージ交換がそうであるように。それがこのドラマの核心である。
 
【あわせて読みたい】