<再利用さえできない「佐野エンブレム」>対応の不味さがすべての可能性を失わせている?


藤本貴之[東洋大学 准教授・博士(学術)]

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取り下げとなった佐野研二郎氏デザインの「五輪エンブレム」。すでに広告などへの記載を始めていたスポンサー企業が続々と差し替えを行う中、舛添要一・東京都知事は「もったいないから」と、取り下げられた「佐野エンブレム」を用いた東京都グッズ類(名刺・紙袋など)の継続利用を宣言していた。

しかし、9月4日に一転「イメージの悪化したエンブレムを使わない方が良い」という判断から、使用を停止することを決定した。

「イメージの悪化」は、すでにわかりきっていることであり、「なぜ今さら」と感じる人は少なくないはずだ。むしろ、4600万円とも言われる税金による支出を無駄にしないためにも、「再利用」はエンブレムそれ自体の「イメージの悪さ」とは無関係に、前向きな雰囲気を作る契機になるような気がする。

やはり、今回に使用中止の背景には「イメージ云々」というよりは「盗作を認めるまで訴訟を続ける」としているベルギー・リエージュ劇場のロゴデザイナー、オリビエ・ドビ氏への対策があるように思う。

佐野エンブレムが取り下げられた後も、ドビ氏は訴訟を継続。佐野エンブレムが盗作(類似)であることを認めさせ、再使用をさせないことを目的としているという。自分の著作権を主張しているクリエイターであれば、当然のことだろう。

すでにエンブレムの取り下げが決定している一方でのドビ氏の訴訟継続。ドビ氏をここまで頑なにしてしまったのは、当初からの「クレームや異議」に耳を貸さず、一貫してオリジナル性と利用継続を主張してきた日本側の対応の不味さにもあるように思う。

どのような姿勢であれ、早い段階からドビ氏側とのコミュニケーションがとれていれば、取り下げ後の反応は違っていたように思う。

あまりにもイメージと信頼を悪化させた東京オリンピックを、これから前向きに盛り上げるためには、筆者としては、今回の騒動をも「ユーモア」として「再利用」するぐらいの気持ちが必要であると思う。それぐらいのポジティブさがなければ疑惑や不信が払拭できないぐらい五輪エンブレムの選考は汚れてしまっている。

そこで筆者はこんなことを考えていた。

今回の佐野エンブレムを利用した東京都の各種グッズ(封筒、ポスター、クリアファイルなど)は、時間が経てば貴重な「幻の五輪エンブレム」としてコレクターグッズ化するはずだ。

時間が経たずとも、実際、すでに「もう見られなくなる」という理由から、撤去前のポスターの記念撮影をしている人が多数発生していた。実際、筆者の知人にも「都庁の人にもらったエンブレム付きの名刺は大事にとっておく」と言う人は多い。

不謹慎は承知の上で、この際「幻の五輪エンブレム」をコレクターズアイテムとして、パッケージ化して販売することはできないのか? と感じていた。もちろん「儲ける」必要はないのだから、制作原価が回収できる程度の安価で良いのだ。

場合によっては、かつて舛添都知事も言っていたように「私のサインをいれて・・・」という発想や、シリアルナンバーの追加などで、本格的なコレクターズアイテム化もありうると思っていた。

しかし、そのような「再利用」も現状では不可能であることを今回の舛添都知事の「使用中止」は物語っている。言うまでもなく、ドビ氏が裁判を継続している理由をみれば、それを無視した「再利用」、ましてや販売するなんて、もちろん危険なことだ。

そう考えると、騒動をユーモアに変えたり、不要なアイテムの再利用さえすることができないのが現在の状況なのである。

過去を振り返っても仕方がないのかもしれないが、どう考えても、すべての行程においての「対応の不味さ」が露呈した。不要となった「物理的には利用可能なグッズ」さえ、利用できない状況も、そんな「対応の不味さ」が故であろう。

もちろん、これも氷山の一角で、今後新たなコンペの開催と選考、あるいは審査委員会、組織委員会のあり方や人事も含めて、同じ様に、これまでの「対応の不味さ」を起因とする様々な問題が露呈し、どんどんそのスケジュールや計画が狂ってしまうのではないか。

本来、頑張っているアスリートたちと、それを応援する世界中の人たちのためのオリンピック。本来、それを盛り上げるために存在していたはずの「エンブレム」から、オリンピックそのものの盛り上がりや日本の信頼が失われている現状には、残念でならない。
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藤本貴之(ふじもと・たかゆき) 東洋大学総合情報学部・教授(情報デザイン論・メディア構造論)/北陸先端科学技術大学院大学・教育連携客員教授/藤本情報デザイン事務所・執行役員/JAGDA正会員/最先端のメディア研究・メディア技術の知見から、アカデミズムの枠を超え、企業や自治体などを対象としたメディア設計や情報発信戦略など、数々の実践的なプロジェクトを手がけている。主な著書に『だからデザイナーは炎上する(中央公論新社)』『情報デザインの想像力』『脳にアイデアを思いつかせる技術(講談社)』『映像メディアのプロになる!(河出書房新社)』など、多数。