[茂木健一郎]<メジャーなものが無い時代>「アナ雪」もヒット曲も流行語もロングテールの中にある


茂木健一郎[脳科学者]

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インターネットが一般化してからほぼ20年が経ち、それ以前の社会の様子が次第にうすぼんやりとしてきた今日この頃であるが、一番の大きな変化の一つは、「ロングテール」がむしろ当たり前の時代になったということではないか。

なお、ロングテール現象とは辞書にこうある。

「インターネットを使った商品販売で、単独では多くの販売量を期待できない商品であっても多品種を少量ずつ販売することで収益を上げられるという現象。人気のある少数の主力商品だけでなく、これまで切り捨てられてきた商品にも注目が集まるようになった。」

かつては、その年を代表するヒット曲があったり、社会の流行があったりしたが、今はそのような認識では人々は動いていない。

「ありのままに」と言ったヒット曲や、流行語大賞で選ばれる言葉自体が、すでにロングテールの中にある時代である。

紅白歌合戦で歌われる曲は、かつては確かにその年を代表する楽曲であったが、今やすべてがロングテールである。ロングテールの中の、ぴかぴか光る小さなどんぐりたちが、並んで存在を主張しあっている。

もっともメジャーなイベントでも、実質はそのようなものになってしまった。学問の世界もそうだ。

池上高志(東京大学教授・複雑系)が、数年前に、「もう物理は純文学なんだよな」と言っていた。先見の明があったように思う。

かつては物理帝国主義というような言われ方もされたが、今では、物理を含め、すべての学問は、ロングテールの中の事象にすぎないように思う。社会の中に代表的な事象があるように見えた時代にも、人々の志向は実は多様で、ばらばらだったことだろう。

しかし、そのような変異がない、という擬制のもとに、「大衆」という幻想が生まれた。インターネットは人々の志向の多様性を顕在化し、大衆という幻想を打ち砕いた。

ニッチという言葉さえ生ぬるい。全体を見通すことができない、たくさんのピカピカが積み重なった世の中に生きているという実感を持つことができるかどうかが、現代性の一つの指標だと思う。

もはやメジャーはなく、ロングテールしかない。それは一つの断念ではなく、むしろ自由の解放だと思う。

(本記事は、著者のTwitterを元にした編集・転載記事です)

 

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茂木健一郎

茂木健一郎(もぎ・けんいちろう)脳科学者。株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所上級研究員。1962年10月20日、東京生まれ。東京大学理学部、法学部卒業後、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻課程終了。理学博士。理化学研究所、ケンブリッジ大学を出て現在に至る。「クオリア」(感覚の持つ質感)をキーワードとして脳と心の関係を研究するとともに文芸評論、美術評論にも取り組んでいる。