<TPPから消された「戦略」の2文字>戦略グローバリゼイションとはアメリカナイゼーション(全地球アメリカ化)だ

海外

高橋秀樹[放送作家/日本放送作家協会・常務理事]
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独立国家にとって「関税自主権」、すなわち「関税を自由に決められる権利」は生命線である。
たとえば、幕末の攘夷とはどんな意味を持つか。単に夷敵を排除することではない。攘夷とは通商において外国と平等な関税権を持つということに他ならない。尊皇でも攘夷、佐幕でも攘夷、どちらもありうる。闇雲に開国するのではなく、ここでいうところの攘夷(平等な条約締結)が必要だという主張である。
TPPはどうか。
その歴史を振り返ってみるとわかりやすい。TPPの正式名称はかつて環太平洋戦略的経済連携協定(Trans-Pacific Strategic Economic Partnership Agreement)であった。戦略(strategy)なのである。どこの国が思い描く戦略なのか。
TPPは、2005年6月3日にシンガポール、ブルネイ、チリ、ニュージーランドの4か国間で調印された、ごく小さな自由貿易圏であった。そこにアメリカが乗り込んできてから話がややこしくなった。現在はこの4カ国に加えて、アメリカ、オーストラリア、ペルー、ベトナム、マレーシア、メキシコ、カナダ、そしてアメリカに言われれば何も断れないポチの日本が加わり、12か国である。
のちに、TPPは戦略の二文字をハズし環太平洋経済協定(Trans-Pacific Partnership)と呼称されるようになった。アメリカの戦略だとあからさまに名乗るよう名称は隠さねばならない。マスコミも右へならえ、環太平洋経済協定TPPとして、戦略の2文字をブラックボックスに入れた。
わずか4カ国の貿易協定になぜアメリカが乗り込んできたのか。アメリカ主導の戦略であることを覆い隠そうという意図があったに違いない。アメリカ主導とはつまり、アメリカの中の上位1%の富裕層、スーパーリッチたちが実権を握る、軍産官複合体の意志を体現しようということだ。
こんな事は、容易に想像がつくことで、スタートさえしてしまえば後は墨衣の下に着込んだ戦略の顔をむっくり出しても日本はついてくると、高をくくられた。今回のTPP大筋合意の時期に来て、オバマ大統領は「アジア・太平洋のルール作りで先行した」ことを強調し、「アジアリバランス(再均衡)」などといってTPPを外交政策の中核だとする。
アジアのバランスが悪いというのは勿論、軍事、経済両面で存在感を増す中国を牽制しようという意志が働いているからだ。それには日本も、協力して当然でしょう、という考えだ。韓国はなぜTPPの枠組みに入らないのか。中国とやりたいからだ。
中国は、ワシントンD.C.に本部がある世界銀行(WB)に対抗して、国際金融機関、アジアインフラ投資銀行(AIIB)を、設立した。経済的にも世界の盟主になろうという意思の表れである。これを、現在の盟主アメリカは危惧している。
経済同盟は軍事同盟に他ならない。
国が経済的に行き詰まってくると戦争になる。その例は沢山ある。古くは1952年の豊臣秀吉・朝鮮出兵。戦功を立てた恩顧の武将に分け与える土地が国内にはなくなっていた。
近代でも1930年代のABCD包囲網。石油の全面禁輸措置によって二進も三進も行かなくなった日本は真珠湾攻撃を仕掛けて破滅の道を進む。日本が戦後の大不況から立ち直ったきっかけは、棚ぼたの朝鮮戦争による特需。イギリスの不況を救ったのは1982年のフォークランド紛争。あってはならないことだが、戦争は最強の公共投資である。
思い返せばアメリカの戦略があからさまになってきたのは、小泉純一郎が内閣総理大臣の時に行った郵政民営化である。国の持つ金には手をつけにくいから、民営化すれば巨額の「郵便貯金」や「簡易保険」のカネにアメリカさんも、手を出しやすくなりますよねえ、というのが郵政民営化の本質である。小泉元首相は親米でナショナリストという奇妙な存在だった。いまの安倍首相はどうなのだろう。
その頃からグローバリゼーションという言葉をよく聞くようになった。グローバリゼーションは全地球化、つまり「世界はひとつ、仲良くやりましょう」ということだから大変耳なじみのよい言葉である。
ところがこの耳なじみよさの陰に潜んでいた本質は、グローバリゼーションが実はアメリカナイゼイションのことであるという事実であった。世界はアメリカンスタンダード、アメリカの標準に合わせましょうよ、アメリカのルールに従いましょうよ、ということなのだ。
つまり、その戦略のさきにあるのがTPPなのである。
TPPによって、アメリカの経済圏に日本が飲み込まれれば、日本に求められるのはアメリカ流の経済至上主義、強欲資本主義である。それは嫌だ。
TPPを経済だけの側面から矮小化して見るのは間違いだ。TPPは、アリの一穴よりずいぶん巨大な穴だが、この穴から、アメリカンスタンダードがどんどん流れ込んで日本は独自性を失う、良さを失う。世界に冠たる国民皆保険は、アメリカの保険会社にとってはTPPが認めない関税障壁である。
農業の構造改革が進むというが、それは日本流農業という文化そのものが破壊されることだ。水をたたえた棚田、たわわに実る蜜柑。
輸出産業は潤うだろう。だがそれは、日本にも富を独占する軍産官複合体が誕生しつつあるということではないのか。
と、ここまで考えて、集団的自衛権にも、マイナンバーにも、TPPにもある同一のある意図が働いているような気がしてきたのである。
 
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