[茂木健一郎]<行きつけの酒場、実家、学校、大学の研究室…>「聖地」はいつか蒸発してしまう水たまりのようなもの


茂木健一郎[脳科学者]

***

五反田の「あさり」でおひるごはんを食べながら、「ああ、ここは『聖地』だなあ」と思った。

研究所の人たちや、東工大の学生たちと何度飲み会をしたり、ごはんを食べたりしたことだろう。おやじさん、おかみさんのお人柄も素敵で、なんとも言えない安心感がある。

東京藝大だと、学生たちとよく行ったのは、拙著「東京藝大物語」(講談社)にも出てくる根津の「車屋」だ。一階のくるりと回る席がお気に入りだが、人数が多いと二階の座敷になった。みんなで良く飲み、よく食べ、よく話した。あの時間は「青春」であった。

「あさり」にせよ、「車屋」にせよ、「聖地」となっている場所には、ある共通点があるように思う。

みなさんも、自分にとってのそんな場所を思い浮かべてほしい。まずは「よそ行き」ではないこと。おしゃれをしたり、かしこまったりするのでは、くつろげない。普段着の、ありのままがいい。

それは、ちょうど、自立してから時々帰る自分の親の家のようなものかもしれない。そんなに洗練されてはいないし、雑然としているけど、くつろげる。

写真家・都築響一さんが、スナックはママがわざと店を雑然として家庭のような雰囲気をつくるんだと言っていたけれども、あまりきれいすぎてもいけない。

さらに、いつでもそこに「帰れる」、いつもそこに「ある」という安心感があること。「あさり」にしても、「車屋」にしても、そんなに頻繁に行けるわけではないけれども、行けば、いつもの笑顔があり、なつかしい空間があり、たのしい時がある、という期待と安心が、「聖地」の条件であるように思う。

吉田類さんが人気なのも、そのような酒場の「聖地」観にぴったりはまるからだろう。昔からの顔なじみ、親戚のおじさんのような雰囲気がある。

だから「酒場放浪記」で初めて見る居酒屋でも、まるで自分がそこの常連であるかのような気持ちが生まれる。心が落ち着く。

小学校や中学校でも、帰るといつでもその先生がいる、という安心感が、「聖地」のような気持ちにさせる。先生の転勤や退職でいなくなると、それが失われる。

大学の研究室もそうで、いつでもOBとして訪問できる間は、「聖地」となりうるけれども、教授がいなくなって研究室がなくなると、失われる。

そのような意味では、「聖地」は結局、期間限定のいつかは蒸発してしまう水たまりのようなものなのだろう。水たまりが永遠にあるわけではないけれども、あるうちは、せいぜい、時々そこを訪れてすいすいとメダカのように泳ぎたい。

心の中には、いつも、その水たまりだけの場所がある。

(本記事は、著者のTwitterを元にした編集・転載記事です)

 

【あわせて読みたい】

The following two tabs change content below.

茂木健一郎

茂木健一郎(もぎ・けんいちろう)脳科学者。株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所上級研究員。1962年10月20日、東京生まれ。東京大学理学部、法学部卒業後、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻課程終了。理学博士。理化学研究所、ケンブリッジ大学を出て現在に至る。「クオリア」(感覚の持つ質感)をキーワードとして脳と心の関係を研究するとともに文芸評論、美術評論にも取り組んでいる。