<ナイナイ岡村さんへのラヴ・レター>他の芸人にはない「体技で笑いを取る才能」があなたにはある

高橋秀樹[日本放送作家協会・常務理事]
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ナインティナインの岡村隆史さんは「体技で笑いが取れる芸人」です。この才能は得がたいもので、他の芸能人にはあまり見当たらない特色と言えます。
「体技で笑いが取れる」と言うことは、「動きで笑いが取れる」こととは意味が違います。ことさら、面白そうな、妙なポーズを取ることで笑いを取る「一発ギャグ」のようなものではありません。
例えば、わかりやすくするために歴史を振り返ってみます。チャールズ・チャップリン(1889年生)や、バスター・キートン(1895年生)は、タイプは違いますが二人とも「体技で笑いが取れる人」でした。
注目すべきは二人とも小芝居の舞台で育ち、コメディアンと言うより、ヴォードビリアンの体質が体に染みついていたことです。ストーリーのなかで流れに沿って芝居をするなかで、その演技で笑いが取れる人こそ、筆者の言う「体技で笑いが取れる人」です。岡村さんがそうなのです。
日本に目を転じます。
東京・浅草を拠点として活躍した「エノケン」こと榎本健一さん(1904年生)。俳優、歌手、なんといっても笑い。全てをこなせるスーパースターでした。
エノケンは走っている車に駆け寄って右のドアから入り、左のドアから平然と抜け出す荒技が出来たそうです。これは、運動神経が優れていてアクロバティックなことが出来るということだけを示しているのではありません。
走行中の車のドア抜けは、ストーリーの必然からそこに置かれたシーンです。流れから結果的に見世物になりえた演技です。つまり単なる動きではなく「体技で笑いを取った」のです。
岡村さんも、ダンスなどではEXILEも顔負けの冴えを見せてくれますがそれだけではありません。「体技で笑いが取れる」のです。
かつて浅草には「軽演劇」という芝居がありました。ストリップの幕間に笑いの芝居をやって、裸を見に来ている客からきちんと笑いを取る。これはすばらしい技術です。
萩本欽一(1941年生)さんや坂上二郎さん(1934年生)が、軽演劇の最後の世代です。「軽演劇はストーリー仕立てのなかで、アドリブの出し合いで役者が勝負する舞台」であると、欽ちゃんに聞いたことがあります。
ただし、このアドリブでただ突拍子もない動きをして笑いを取ることだけは厳しく禁じられていました。これらは「奇抜」とか「ひとり受け」と言われて、演ってしまうと、舞台を降りてから先輩役者に鼻の曲がるほど殴られたと言います。
だから、軽演劇の役者は「動き」ではなく「体技で笑いを取る」ことを身につけていったそうです。
欽ちゃんたちの先輩に、浅草系ではありませんが日劇で演出家としても名を成した三木のり平(1924年生)さんや、根っからの浅草系としては渥美清(1928年生)さんが居ました。
「体技で笑いを取る」見本は渥美さんの「男はつらいよ」で見ることが出来ると思います。障子に頭を持たせかけたら、障子が桟を動いてバランスが取れなくなって縁側から庭まで転げ落ちる寅次郎。
これが「体技で笑いを取る」ことです。脚本には決して書けない役者の領分です。しつこいですが、この芝居が岡村さんには出来るのです。
渥美さんはテレビのバラエティショウでも活躍し、音楽もおしゃべりも出来る人でしたが、このおしゃべりを封印して映画界に身を投じたのは40歳の時でした。
渥美さんのおしゃべりは聞けなくなりましたが、「男はつらいよ」で私たちは充分に渥美さんの「体技」を堪能させてもらいました。
東京・軽演劇で禁じられていた「奇抜」や「ひとり受け」は、大阪の吉本新喜劇に受け継がれているそうです。ただし、その中では花紀京(1937年生)さんや間寛平(1949年生 )師弟の芝居は「体技」と呼んでも良いような気がします。
一方、藤山寛美(1929年生)さんの松竹新喜劇は座長芝居。まさに寛美さんの「体技が魅力」の芝居です。
「体技」といえば、5代目の柳家小さん(1915年生)師匠を挙げておいた方がいいかもしれません。この人が落語界初の人間国宝というのはしっくりきません。
むしろ、私にとっては滑稽話の第一人者としての小さん師匠です。落語は座ってやる芸ですから、大きくて不自然な動きは不可能です。おのずとと「体技」を用いて笑いを取ることになります。
小さん師匠は若い時分は積極的にドラマ出演もしていましたが見事な「体技」をみせていました。小さん師匠は、もちろん寄席芸人です。
さて、現代の笑いの人について書きます。
まず「体技で笑いを取れる人」としては、ビートたけし(1947年生)を挙げるべきでしょう。たけしさんが浅草に行ったときはもう軽演劇は途絶えていたのですが、どうやって身につけたのでしょうか。これは天性のもののような気がします。
この人の体技は独特です。たったひとりで演じている時がもっとも面白い。
「ヘビースモーカーと呼ばれている課長が、デスクに座ってヘビの着ぐるみを着て、スパスパたばこを吸っている」という、たけしさんが自分で作ったコントがあります。この面白くも何ともないコントをたけしさんが演じると哀愁さえ感じられるおもしろさが付加される。これこそたけしさんの「体技」です。
そこで、たけしさんより若い世代で「体技で笑いの取れる人」を探してみました。すると、岡村隆史さん(1970年生まれ)しかいないのです。
明石家さんまさん(1955年生)も、もちろん「体技で笑いの取れる人」です。ただし、しゃべりのすばらしさが、はるかに「体技」を凌駕している。
松本人志さん(1963年生)は「発想」の人で、「体技」の人ではありません。
となると、やはり岡村さんなのです。岡村さんは「めちゃ×2イケ てるッ!」(フジテレビ)で、「ドキュメンタリーを装ってコントを演じる」という新しい手法を発明して、日本一の笑いの番組を作り上げました。
今は、その手法に少しズレを感じているのか、飽きてしまったのか、根本がスタッフに伝わっていないのか・・・齟齬がみられる番組になってしまったように見受けられます。あくまでも、岡村さんの「体技」が面白くなる方向に番組の行く先を決め、キャスティングを考え、進んでいくべきだと筆者は思います。
それから蛇足になりますが、岡村さんより若い世代で「体技」の匂いがする人の名を挙げておきます。雨上がり決死隊の宮迫博之(1970年生)くん。この人は司会仕事を減らした方が良いと思うほど可能性を感じる。
インパルスの板倉俊之(1978年生)くん。段ボールを駐車場に置いて暮らしているホームレスを演じる板倉が、この段ボールは俺の車だと主張して演じるコントはすばらしかった。ツッコミの方は喋りすぎ。板倉はひな壇芸人を禁忌にすべき。
ドランクドラゴンの塚地武雅(1971年生)くん。映画「間宮兄弟(2006年5月公開)」が代表作。バナナマンの日村勇紀(1972年生)くんもだ。ただし、彼はちょっとふとりすぎだ。
 
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