<民進党の結党大会に参加して想う>国会議員を「先生」と呼ぶのには理由がある – 茂木健一郎


 

茂木健一郎[脳科学者]

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民進党の結党大会に行ってきました。私の話は一生懸命やりましたが、それ以外にも、間近から、みなさんのあれこれを拝見するのが大変興味深かったです。幸多きことを、お祈りします。

ところで、議員さんのことを、世間はよく「先生」と呼ぶ。以前、自民党本部に行った時も、受付の方が引っ切り無しに「・・先生」「・・先生」と呼び出していたのを思い出す。

議員さんは、なぜ「先生」と呼ばれるのだろうか。

「先生と呼ばれるほどのバカでなし」

という川柳もある。先生と言われて、ふんぞりかえっているのはよくない、というイメージがあるのだろう。

議員さんを先生と呼ぶのは、よくないという考え方もある。しかし、私は、議員さんは「先生」でもいいかな、と思って、そう呼ぶことも多い。

なぜかというと、単純に、国会議員の方の人生は「たいへんだな」と思うからである。たいへんな方をやっている方を、尊敬を込めて「先生」と呼んでもいいかなと思う。

国会議員の方の人生を見ていると、その時間の使い方が大変だなあ、とほんとうに思う。地方選出の方だと、週末ごとに選挙区に帰って挨拶回り。いろいろな人の顔と名前を覚え、たくさんの方と握手し、平身低頭、好かれようと務める。

議員さんは、いつも人に会っている。外向的じゃないとつとまらない。

基本的に、いつもアドレナリン全開で、アッパー系の生活を続けることを強いられる。ちょっとのんびりしたいな、と思っても、そんな時間はまずない。

そのような大変な生活を続けて、議員さんが得られるものは何か。もちろん、国政に関わっている自負はあるだろうが、大臣になられても、生活の質は同じだ。

人に会い、にこにこし、儀礼を尽くし、結局、自分の時間などない。結論として、国会議員さん、政治家さんの人生って、本当に大変だと思う。

「そういうことが好きな方がなっている」と言えばそうだろうが、そういうことが5年、10年、15年と続くのだ。想像しただけで、ため息が出る。だから、国会議員の方を、「先生」と呼ぶのは、そんなに目くじらを立てることではないのかな、と思う。

いつも人にもみくちゃにされ、自分の魂のおだやかな時間を持つのが難しい。たいへんなことをしてくださっているので、「先生」と呼ぶ。

(本記事は、著者のTwitterを元にした編集・転載記事です)

 

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茂木健一郎

茂木健一郎(もぎ・けんいちろう)脳科学者。株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所上級研究員。1962年10月20日、東京生まれ。東京大学理学部、法学部卒業後、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻課程終了。理学博士。理化学研究所、ケンブリッジ大学を出て現在に至る。「クオリア」(感覚の持つ質感)をキーワードとして脳と心の関係を研究するとともに文芸評論、美術評論にも取り組んでいる。