<MITでも学費の無駄>堀江貴文は今18歳だったら大学なんかいかないそうです[茂木健一郎]


茂木健一郎[脳科学者]

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先日、竹内薫(サイエンスライター)、堀江貴文、そして炭谷俊樹(神戸情報大学院大学・学長)というメンバーで、大学について話した。面白かった。その中で、堀江さんが、大学は要らない、という徹した態度をとっていて、ぼくもまあ、そうなのかな、と思った。

参加者の一人が、東大理三に今年の春に入ったのだけれども秋から休学してMITに行く、という人で、彼を司会者が「夢のような経歴」と言った瞬間に、私などはどっちらけだったんだけど、堀江はさらにひどくて、「MIT行く意味なんじゃないの」と言った。

「MITの学費いくらなの?」

「700万です」

「700万も出す価値、ないんじゃないの? 君は何やりたいの?」

「***です。」

「じゃあ、自分で勝手に文献読んで、計算して、必要だったら、どっかで実験すればいいじゃん。MITに行く意味、ないんじゃないかな。」

議論の背景はこうだ。日本の大学の国際評価が低下、ということが周知されるようになってきて、今度はハーバードやMITが、日本人の中で「ブランド」になってきた。だから、件の司会者のように、「理三からMIT」というのをドリーム経歴とか言う(考えの足りない)人もいる。意味なしではないか。

【参考】学校の「一斉授業」は人生の貴重な時間の無駄?

堀江が言うように、「実質」で考えたら、今は大学は国の内外を問わず、一種のvanity businessである、という側面は否めないだろう。実質何をしたいか、というよりも、授業単位をパッケージで、高価なtuition(授業)で売る、という感じ。

ビットコインのサトシ・ナカムラによる原理論文は、いきなりネット上に出たし、別にMITとかハーバードにいる必要はない。生化学の実験とかはラボがないとできないという見方もあるけど、それも、別に大学が必須じゃないだろう。

今の時代、大学に行くとしたら、かなり自覚的に、何が得られるか、ということを考えて、しかも、大学に行ったらからと言って緩めないで、いろいろアクティヴにやっていって初めて意味があるのであって、「MIT行ったら万歳」みたいなダサい田舎根性は、堀江の言うように、意味がないのだろう。

逆に言うと、誰でも、どこでも、ネットの上で最先端の情報に接することはできるし、アイデアがあればクラウドファンディングもできるし、仲間も集められる。

堀江貴文は、自分が今18歳だったら大学になんか行かないと断言していたが、それは一つの見識なのだろう。極論ではあるにしても。

  (本記事は、著者のTwitterを元にした編集・転載記事です)

 

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茂木健一郎

茂木健一郎(もぎ・けんいちろう)脳科学者。株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所上級研究員。1962年10月20日、東京生まれ。東京大学理学部、法学部卒業後、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻課程終了。理学博士。理化学研究所、ケンブリッジ大学を出て現在に至る。「クオリア」(感覚の持つ質感)をキーワードとして脳と心の関係を研究するとともに文芸評論、美術評論にも取り組んでいる。