<最後のテレビ②>「死ぬ間際に見ていたいテレビ」を問われたら、メディア学者・大学教員としてどう答えるか?


藤本貴之[東洋大 准教授/博士(学術)]

 

メディアを専門とする学者として、「死ぬ間際に見ていたいテレビ」とは何か? と問われれば、回答は一つしかないと思っている。

質問の回答になっていないのかもしれないが、著者の回答は「死ぬ間際にテレビは見ない」である。実際の死に直面した段階でどうするかはさておき「仮に見るとすればどんな番組?」という問いであろうとは思うが、「仮に」であっても絶対に見ない。

というよりも、著者の予定では「死の間際にテレビを見ることができない状況」にあるべきだ、と思っている。

もちろん、「家族や友人たちの最後の瞬間を過ごす」とか「死の直前まで旅行に行く」とか「大自然を見ている」といったステレオタイプな感動を体験しようとも思ってはいない。

では、著者は死の間際に、「テレビを見ることができない」状況で、何がしたいのか?

それは、

「テレビに出演していたい」

・・・である。

ここで重要なことは「テレビに出演したい」ではなく、「死の間際にテレビに出演していたい」ということだ。もちろんライブで、だ。

しかし、それを実現させるためには、色々な作戦を練らなければならない。テレビ中継されるような大事件を起こして、カメラの前で自殺する、という一番簡単な方法もあるが、さすがに家族も友人もプライドもある自分としては、そんなことはしたくない。簡単すぎてやる意味もないし、普通過ぎて長期的な視点では面白くもない。何よりも死に様として美しくない。

そう考えると「死の間際にテレビに出る」ということがいかに難題であるかが分かる。テレビに限らず、あらゆるメディアにおいて実現させるために最も難しい問題の一つが「死の間際に出演している」ということではないだろうか。

自分は、メディア学者として、自分に死に際に、メディア業界で一番の「難問」に取り組んでいたいと考えている。しかもチャンスは一度。なんと血湧き肉踊るプロジェクトではないか。

 

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藤本貴之(ふじもと・たかゆき) 東洋大学総合情報学部・教授(情報デザイン論・メディア構造論)/北陸先端科学技術大学院大学・教育連携客員教授/藤本情報デザイン事務所・執行役員/JAGDA正会員/最先端のメディア研究・メディア技術の知見から、アカデミズムの枠を超え、企業や自治体などを対象としたメディア設計や情報発信戦略など、数々の実践的なプロジェクトを手がけている。主な著書に『だからデザイナーは炎上する(中央公論新社)』『情報デザインの想像力』『脳にアイデアを思いつかせる技術(講談社)』『映像メディアのプロになる!(河出書房新社)』など、多数。