「欽ちゃんのタレント生命危機」はジャニーズネタの濫用?


藤本貴之[東洋大学 教授・博士(学術)/メディア学者]

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「萩本欽一にタレント生命の危機」というネット記事がSNSを中心に話題になっている。この記事の内容を簡単にまとめてしまうと、

「萩本欽一と香取慎吾がMCを務めてきた『全日本仮装大賞』(日本テレビ)。香取はジャニーズ事務所退所後もこれまで通り担当することが決まった。しかし、ジャニーズへの根回し完了前にキャスティング情報が漏洩。これに慌てた日本テレビは『欽ちゃんが香取を後継者に指名したため断れなかった』と釈明。さらに、現在公開中の欽ちゃん主演のドキュメンタリー映画『We Love Television?』が不発。萩本欽一にもはや需要がないことが明らかとなり、大御所・萩本はジャニーズとの『共演NGタレント』に。タレント生命の危機に瀕している」

・・・というものだ。これを「広告代理店関係者」という匿名コメントを引用して論じている。発信元は芸能ニュースサイト「日刊サイゾー」である。「広告代理店関係者」って誰やねん! というツッコミはさておき、記事自体が違和感だらけであまりに不気味な内容だ。

何が「違和感だらけ」なのか。まず、萩本欽一が「ジャニーズ共演NGタレントになった」という流れがあまりに不自然だ。そして、仮に欽ちゃんが「ジャニーズ共演NGタレント」になったとしても、それを「タレント生命の危機」へと展開させるロジックがあまりに現実離れしている。

確かに、芸能界においてジャニーズタレントとの共演NGが、タレント生命を左右することはありうる。しかし、果たしてそれが現在の萩本欽一に該当するのか。萩本欽一は、76歳にして今なお各方面で精力的に活動はしているが、ジャニーズに依存した活動をしているわけではない。それどころか、現在の芸能界にさえ依存はしていないだろう。

そもそも一時代を築いだ萩本欽一は芸能界のレジェンドとして鎮座している存在である。ジャニーズタレントや人気アイドルにしがみついて「何かを得よう」とするような感覚など皆無であろうことは誰の目にも明らかだ。

何より、「映画が不発だった=欽ちゃんは需要(人気)がない=ジャニーズに嫌われている欽ちゃんをわざわざ起用したくない」という流れから「ジャニーズ共演NGに=タレント生命の危機」を導き出す論理飛躍もあまりに荒唐無稽だ。

映画「We Love Television?」の興行が芳しくないという事実があったとしても、そもそもドキュメンタリー映画は簡単に大ヒットをしたり、それが安易に期待できるようなものではない。監督や制作者たちも、商業主義の大規模映画に対して批判的な立ち位置から、「価値ある映像の記録」として取り組んでいる場合も少なくない。そして、そういう中から商業主義のヒット娯楽映画を超えた歴史的な「名作」が生まれている。(「We Love Television?」がそれに該当するかどうかはさておき)

また、映画とは有名人や人気俳優を起用したからといって、必ずしもヒットするほど甘い世界ではない。人気俳優を多数起用したにもかかわらず、興行的には失敗している映画も多い。

そもそも映画とは出演者だけで良し悪しが決まるわけでもない。名作と呼ばれる原作を使い、名優・人気俳優を起用しても、監督の差配が悪ければ映画はいくらでも駄作になる。もちろん、その逆もある。その意味では「We Love Television?」不発の責任があるとすれば、それは土屋敏男監督の制作者としての技量の方にこそあるのではないか、と考えるのが自然だ。

よって、ドキュメンタリー映画である「We Love Television?」の客入りが芳しくないからといって、主演した萩本欣一にはもう需要がない、ニーズがないという展開には無理がある。もっとも、誰も現在の欽ちゃんにその次元の需要は求めてはおるまい。噂話ベースのゴシップ記事にしても、ロジックが杜撰だ。

そこで気になったことが、そんな杜撰な記事が書かれた目的と理由である。

当該記事は、スキャンダラスな体裁ではあるが、内容自体は上記のような論理飛躍があるだけで、欽ちゃんやジャニーズに対して特筆すべきオピニオンは書かれていない。辛辣なテレビ・芸能界批評にもなっていない。書き手に何か主張やメッセージがあるようにも思えない。つまり、芸能ニュース記事としての情報価値はほとんどない、といっても過言ではない。

一方で、この記事に対して確実に言えることは、ネット記事として「PVが高くなりそうなキーワード」をひたすら埋め込んでいる、という事実だ。萩本欽一、香取慎吾という老若男女の幅広い層に知られた登場人物を使い、ネット記事では「鉄板ネタ」であるジャニーズ陰謀論とテレビ業界批判の組み合わせによる、「PVが高くなりそう」な条件を揃えたテクニカルな記事になっている。

しかしながら、これがいわゆる「フェイクニュース(虚偽の情報で作られたニュース標榜記事)」かと言われれば、そうとは言い切れない点もポイントだ。あくまでも論理飛躍による「超推測ニュース」であり、事件性がある致命的な虚偽は見られない。

安易なPV獲得のために、記事の裏付けや検証の手を抜いてしまえば、時に「フェイクニュース」としての批判を受ける。しかし、この記事のような論理飛躍を多用した手法は、そういった事件性をギリギリ回避させている。非常に上手なテクニックであるが、見方を変えれば悪質だ。

真偽不詳の「広告代理店関係者」を登場させて、論理飛躍による「ジャニーズ+テレビ業界の裏事情」をニュース風の体裁に繕った実のない構成は、安易にジャニーズネタを濫用したネット記事を成れの果てを見るようでもある。

もちろん、今回のような記事はたまたま筆者の目についただけの氷山の一角であり、同じような事例は他にいくらでもあるだろう。今日、ニュースソースとして、ウェブメディアの影響力が急激に高まる一方で、その信頼性や意味や価値について関心も高まっている。もちろん、ネット記事への読者の目も成熟しつつある。近年のフェイクニュースへの批判や関心の高まりもその証左だ。

SNSでの拡散を前提とし、話題のキーワードの羅列に依存した現在のネット記事の設計のあり方について改めて考えたい。

 

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藤本貴之(ふじもと・たかゆき) 東洋大学総合情報学部・教授(情報デザイン論・メディア構造論)/北陸先端科学技術大学院大学・教育連携客員教授/藤本情報デザイン事務所・執行役員/JAGDA正会員/最先端のメディア研究・メディア技術の知見から、アカデミズムの枠を超え、企業や自治体などを対象としたメディア設計や情報発信戦略など、数々の実践的なプロジェクトを手がけている。主な著書に『だからデザイナーは炎上する(中央公論新社)』『情報デザインの想像力』『脳にアイデアを思いつかせる技術(講談社)』『映像メディアのプロになる!(河出書房新社)』など、多数。