<魅力半減>NHK「ブラタモリ」が財界に忖度?


高橋秀樹[放送作家/日本放送作家協会・常務理事]

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NHK「ブラタモリ」は、近年でも珍しい魅力的な番組であると評判である。しかしながら、1月13日(土)放送の同番組は、開始以来最もつまらなかった回であるように感じる。なぜつまらないかと言えば、「ブラタモリ」らしくないからだ。

この日のテーマは「宝塚市はいかにして『宝塚歌劇団』を持つ 『娯楽の殿堂』になることができたのか」であった。開始早々タモリが口にしたのは「それは地形と何か関係があるのか」という疑問である。筆者も同じこととを思いながら見始めた。

宝塚の旧市街の発祥の地であるとされる小浜宿は、有馬街道の宿場の一つであり、江戸時代から京伏見街道、西宮街道も通る交通の要衝であった。

その小浜は毫摂寺を囲むいわゆる寺内町であるという解説があった。寺内町とは一種の城郭機能を備えた作りである。そういったことの詳細な解説は、普段の「ブラタモリ」ならきっちりなされるはずだが、今回はそれがなかった。番組のファンとしては拍子抜けというか、ガックリくる。「ブラタモリ」らしくない。

小浜城とも呼ばれる毫摂寺を囲む寺内町は南西北の三方を迂回する大堀川に加えて東側に溜池を掘り、周囲に土塁を廻らして防御性を高めた城塞寺であった。街道ごとの三方には門を構え、東門は京伏見街道、北門は有馬街道、南門は西宮街道に通じていた。

こういうことが分かるから「ブラタモリ」はおもしろいのである。

毫摂寺15世紀末、覚如の末裔である一向宗(浄土真宗)の善秀が建立。一向宗勢力の拠点となり、戦国大名や織田信長の一向一揆弾圧に備えた。江戸時代に建立された寺は皆、城郭機能を持っている。だから幕末、アメリカなどの公使館が寺に設けられたのである。

これらの情報をすっ飛ばし、話は1887年に武庫川右岸に開湯した宝塚温泉の話に移る。いやはや「ブラタモリ」らしくない。

小浜が交通の要衝である「宿場」であり、「温泉」でもあるとなるともうひとつは? という謎かけがタモリに発せられるが、ここの答えは岡場所・遊女屋・女郎屋・私娼屋である。おそらくタモリならそう答えており、放送ではカットされたのかも知れない。

【参考】「ブラタモリ」で言ったタモリの「鶴瓶の家族に乾杯」評の本音

番組後半になってもタカラヅカと地形の関係には言及されない。それどころが唐突に阪急東宝グループの創業者小林一三の名が出てくる。武庫川河畔の利用価値のない低湿地に目を付けて、そこに、小林が宝塚歌劇団の大劇場をつくったという説明だ。

話に一本筋が通っていない。目端の利いた商人がいたという、誰でも知っているような後味の良くない話である。なんとも「ブラタモリ」らしくない。

タモリという人は制作スタッフとしては大変やりやすいタレントである。ただし、タモリは怖い。それが何回か仕事をした筆者の印象である。

なぜ怖いか。タモリはスタッフが提示した企画がすぐれていれば、それを数層倍にもおもしろくしてくれるが、与えた企画がつまらないと、そのままつまらなくなってしまうという特徴を持っているのである。

さて、この日は次回の予告を聞いて、またガックリした番組ファンは少なくあるまい。

「田園調布 ~田園調布はどう超高級住宅街になった?~」である。田園調布に住み、この街の開発を推進した渋沢栄一の子、渋沢秀雄の話をきっとするんだろうけれど、NHKは財界に何か忖度しているのだろうか。本当に「ブラタモリ」らしくない。

 

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