<麻原彰晃ら7名死刑の是非>死刑執行は国家権力による殺人行為だ -植草一秀


植草一秀[経済評論家]

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7月6日午前、松本・地下鉄両サリン事件などで計29人の犠牲者を出した一連のオウム真理教事件をめぐり、死刑が確定していた教祖の麻原彰晃氏=本名・松本智津夫氏ら7人の死刑囚に対する死刑が東京拘置所などで執行された。一連の事件で死刑が確定した者は合計13人で、初めての執行となった。

命令したのは上川陽子法相。松本智津夫氏以外に死刑が執行されたのは、早川紀代秀氏、井上嘉浩氏、新実智光氏、土谷正実氏、遠藤誠一氏、中川智正氏である。

オウム事件では、まったく罪のない市民がサリンなどにより殺害され、多くの市民が重大な被害を受けた。被害者は多数に及び、いまだに後遺症が消えていない被害者も多数存在する。被害者感情、遺族感情からすれば、死刑の執行は当然だとの声はある。しかし、死刑は国家権力による殺人である。刑罰としての死刑が妥当であるのかどうか議論の余地が大きい。

日本弁護士連合会(日弁連)は、2016年10月7日、第59回人権擁護大会において、「死刑制度の廃止を含む刑罰制度全体の改革を求める宣言」を採択し、日本において国連犯罪防止刑事司法会議が開催される2020年までに死刑制度の廃止を目指すべきであることを宣言している。

同宣言では、殺人事件などの被害者感情等について次の記述を示している。

「犯罪により命が奪われた場合、失われた命は二度と戻ってこない。このような犯罪は決して許されるものではなく、犯罪により身内の方を亡くされた遺族の方が厳罰を望むことは、ごく自然なことであり、その心情は十分に理解できる。一方で、生まれながらの犯罪者はおらず、犯罪者となってしまった人の多くは、家庭、経済、教育、地域等における様々な環境や差別が一因となって犯罪に至っている。刑罰制度は、犯罪への応報であることにとどまらず、社会復帰の達成に資するものでなければならず、このような考え方は、再犯の防止に役立ち、社会全体の安全に資するものである。人権を尊重する民主主義社会であろうとする我々の社会においては、犯罪被害者・遺族に対する十分な支援を行うとともに、死刑制度を含む刑罰制度全体を見直す必要がある。」

刑罰が犯罪への応報であることを踏まえつつ、被害者感情にも配慮しながら、それでも、現行の死刑制度に反対する立場から宣言を採択したものだ。日弁連は次のように指摘する。

「死刑は、生命を剥奪する残虐な刑罰である。刑事司法制度は人の作ったものであり、その運用も人が行う以上、誤判・えん罪の可能性そのものを否定することはできない。そして、他の刑罰が奪う利益と異なり、死刑は、生命という全ての利益の帰属主体そのものの存在を滅却するのであるから、取り返しがつかず、他の刑罰とは本質的に異なる。我が国における刑事司法制度の下では、いわゆる死刑再審無罪4事件や袴田事件に見られるように、誤判・えん罪の危険性が具体的・現実的なものとなっている。」

冤罪の可能性がある以上、死刑執行には慎重でなければならないとの原則が示されている。さらに、死刑制度をめぐる国際情勢の変化にも十分な留意が求められる。日弁連は次の事実を示す。

「2016年12月、国際連合総会本会議は、死刑存置国に対し死刑執行停止を求める決議を国連加盟国193か国のうち117か国の賛成により採択している。また、2016年12月末日現在、法律上死刑を廃止している国と事実上死刑を廃止している国(10年以上死刑が執行されていない国を含む。)の合計は141か国であり、世界の中で3分の2以上を占めている。このように国際社会においては死刑廃止に向かう潮流が主流であり、死刑制度を残し、現実的に死刑を執行している国は、世界の中では少数に留まっている。」

7名の死刑囚に対する刑の執行は、日本の国家による大量殺人という側面を有する。死刑の是非をめぐる大きな論議を私たちは避けて通るべきでない。

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植草一秀(うえくさ・かずひで) 1960年、東京生まれ。経済評論家(日本経済論、金融論、経済政策論)。東京大学卒業後、野村総合研究所、大蔵省財政金融研究所研究官、京都大学経済研究所助教授、野村総合研究所主席エコノミスト、早稲田大学大学院公共経営研究科教授、名古屋商科大学客員教授などを経て、現在、スリーネーションズリサーチ株式会社代表取締役社長。