哀しき「国会二人羽織」の二人 誰がこの姿を強いたのか?

政治経済

両角敏明[元テレビプロデューサー]

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質疑が中断した国会、質問席の森ゆうこ議員が吐き捨てた小さなつぶやきを、国会のマイクがひろっていました。

『二人羽織かよ・・・』

二人羽織→人形浄瑠璃→レフリーに抱き起こされてはまた殴られるボクサー→桜田大臣と連想は続きますが、この時、テレビ中継画面に映っていたのは厚労省特別監察委員会・樋口美雄委員長でした。樋口氏は質問に自分ひとりで答えることができません。質問毎に後ろにいる3、4人が紙を差し出し、耳打ちし、あれこれ指南を始めます。そのたびに速記が止まり、議場は苛立ちます。

そんな姿をさらしている樋口氏は大物の労働経済学者です。事実調査や原因究明、再発防止などは畑違いですから、こんな目にあう監察委員長など引き受けたくなかったはずです。しかし、樋口氏は過去20年間に35ほどの厚労系審議会、委員会などで要職を歴任、今も厚労省所管独法の理事長を努めながら審議会長や委員会長を3つも4つも掛け持ちしている、厚労省とは密接な関係にある方です。厚労省にとっては極めてコントロールしやすい「権威」であるに違いありません。ならばこそ、厚労省が第三者性と独立性を重んじて監察委員会を立ち上げるなら、絶対に委員として選んではいけないのが樋口氏でした。

国会で明らかになりましたが、樋口美雄委員長ばかりでなく、ほかの委員全員もなにがしか厚労省との関係がある方々です。よって第三者委員会と名乗るには無資格な方々ばかりで編成されたのが特別監察委員会です。案の定、第三者性や独立性についての見識があれば絶対に起こりえない3つのミスを犯します。

まず、たった6日で調査結果を出すというバカなスケジュールを受け入れます。次に、厚労省職員のみ、あるいは幹部が出席して質問するという内部ヒアリングを認めます。3つめに、委員会側が自ら、報告書のたたき台を厚労省職員が作成するよう指示しています。

ようするに第三者性も独立性もゼロ、厚労省の意のままの「御用委員会」が監察委員会です。
当然ながら、その調査報告書は非難囂々でした。驚いたのは追加調査もメンバーをそのままにしたことです。ただし途中から、第三者による事務局機能を強化するとして、3人の弁護士をスタッフに加えます。もしかしたらこの3人が事務局とは名ばかりの活躍をしたのかも知れません。「追加報告書」には最初の報告書にはないアクロバチックな「定義」が用意されました。

定義=「隠蔽」と「虚偽申述」は別の概念であり、「隠蔽行為」とは、その事実を認識しながら意図的にこれを隠そうとする行為(故意行為)である。

定義=「組織的」とは、団体の長(厚労大臣)、あるいはこれに準ずる者が違法行為等を認識した上で意思決定し、組織的に違法行為等が行われた場合を言う。

この「定義」を判断の前提に据えるという勝手な判断により、『本当のことを言えないから嘘をついたが、嘘の申述は隠蔽行為とは別』『担当課(室)の長レベルの判断のもと、組織の独自の判断により不適切な取扱いを続けたのは大臣やそれに準ずるものが決めたのではないから組織的隠蔽ではない』という、常識的には考えられない理屈で「組織的隠蔽があったとは認めがたい」と結論づけます。安倍総理ですら、『ふつうに考えれば隠蔽と疑う方もいるだろう』と認め、監察委員会の判断は法的に厳密に規定してのことだろうと答弁しました。

【参考】<ボロボロ出てくる新事実>厚労省勤労統計問題はオモシロイ

2010年、日弁連が第三者委員会のガイドラインを作成した後、評価チームが生まれました。彼らはこれまで大きな事件の第三者委員会調査報告書を評価してきました。評価はAからFまでですが、Eはありません。大学の成績評価のごとく、A(優)、B(良)、C(可)はなんとか合格です。D(不可)は落第です。大学なら評価はここまでですが、第三者委員会評価には、Eを飛ばして、格段に下の評価があります。それがF(評価に値しない、最低、論外)です。

厚労省特別監察委員会の調査報告書は追加報告を含めてFでした。それも9人の委員が全員揃ってのF評価です。そもそも独立性もなく第三者委員会の体を為していないという判断です。上記、アクロバチックな「定義」についても、ひとりの委員が説明しました。

『初めから隠蔽にならない規範、刑法で言う故意犯に該当しなければ隠蔽でないと刑法の謙抑性に基づく狭い狭い定義を設定をした上で、これには当てはまらないという結論を出している。これでは規範の設定に歪みがあるので、結果的には国民の納得を得られない。』

専門家も否定し、一般人にはまったく理解しがたい法律論を持ち出した報告書について、野党議員の質問に曝されるハメに陥ったのが樋口委員長です。強引な法律論で隠蔽はなかったと納得させるのは経済学者の樋口氏には無理です。それを支えるために、後ろに控えた事務局スタッフなど3~4人が手取足取り、耳打ち、カンペ差し込みと、樋口氏を二人羽織、人形浄瑠璃状態で鼓舞していたのです。その姿は政府に踊らさる大物学者の哀しい舞に見えました。

国会にはもうひとり、二人羽織、人形浄瑠璃状態で踊っている方がいます。こちらは失言をくり返し、いつも官僚の言葉をオウム返しするという醜態をさらしても、どういう神経なのか時にエヘラエヘラと笑っておられます。この大臣への野党の質問が意地悪だとか、クイズ質問はやめろ、の声もあります。そういう見方もわかりますが、テレビが伝えない国会の質疑全体を視ていただきたいものです。この大臣はいまだにどんな質問にも自分で答えることができません。それは、大の字にのびた戦闘意欲の欠片もないボクサーが、安倍さんというレフリーに無理矢理ひきずり起こされ、もはや痛みの意識すらなくリングで殴られ続けている、そんな光景です。闘う力がないことを知りながら、その姿を国権の最高機関にさらし続けているのは、それはいじめ、もしくは一種の人権侵害ではないかとさえ思えます。

ある日の国会でこんな質問がありました。

『大臣の職務に国会で答弁することは含まれますか』

まさか、この質問ぐらいはと思いましたが、大臣はいつものとおり後ろを向き、いつものように事務方を待ち、いつものように耳打ちを聞いてから立ち上がり、答弁席で答えました。

『入ります』

いつもの光景でした。

きっとどなたかのご都合はなのでしょうが、なるべきでない方を、なるべきでないポジションにつけると、往々にしてとても哀しい光景が生まれます。

 

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