<メディアはデマに対応できているか>テレビ?ネット?メディアの種別でレッテルを貼れるほど単純ではない


榛葉健[ テレビプロデューサー/ドキュメンタリー映画監督]

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「9月1日」について書く。

1923年の関東大震災から91年、そして日本初の民間放送局が生まれて63年だ。関東大震災では、「在日朝鮮人による略奪や放火」「井戸に毒を入れた」といったデマが生まれ、少なく見ても233人以上が虐殺された。

東京の多くの新聞社の機能が壊滅したり、残った新聞がデマを記事にしたことも、悲劇に拍車をかけた。速報性のあるラジオ放送が始まったのは、その1年半後だった。

そのラジオもまた、過ちを犯した。戦時中、ラジオ局(NHK)も新聞と同様に戦争遂行を礼賛し、戦争に加担した。その反省から、国家による“支配”から独立した「民間の放送局」を作ろう、という意気込みで、日本初の民放が誕生した。

64年前の9月1日、大阪の新日本放送(MBSの前身)と、名古屋の中部日本放送(CBC)だ。

それから半世紀余。果たしてメディアは自立出来ているか? かつて戦意を煽ったような記事を書くメディアに堕していないか? 国家による巧妙な“支配”や“圧力”に屈しないしたたかさを持ちえているか?自己点検や反省と共に、信頼されるための不断の取り組みを続けなければ、と思う。

一方、SNSの世界でも最近デマが起きた。今回の広島豪雨をきっかけに、誰の犯行か分からない2件の空き巣情報(未遂含む)を、複数の人物が根拠なく尾ひれをつけて、「在日朝鮮人、中国人によると思われる」「鬼畜な行動」「許せない!」などとツイッター上で拡散。またしても民族差別に根ざした悪質なデマが拡がった。

報道倫理が無く、ノーガードで何でも書けるネット社会の怖さ。大手メディアに俗に「マスゴミ」などとレッテルを貼り、「真実を伝えるのはネット社会だけだ」などとしたり顔で主張する人も多い。だが情報とは常に、書き手、伝え手の人格から生まれるものだ。

メディアの種別でレッテルを貼れるほど単純ではない。

既成メディアだけが問題なのではない。何かを伝える一人一人の人格が、常に問われている。そして挑発や扇動に踊らされない、読み手の力量もまた、期待されている。(榛葉健[ テレビプロデューサー/ドキュメンタリー映画監督])

[参考]

  • 広島豪雨被災地の空き巣は、特定の民族による犯行とデマを流した事例(http://iwj.co.jp/wj/open/archives/165801)
  • 広島豪雨の被災地で、マスコミが食料を買い占めているというデマ(http://www.buzznews.jp/?p=154307)

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榛葉 健

榛葉健(しば・たけし) テレビプロデューサー、ドキュメンタリー映画監督 1963年東京生まれ。1987年、在阪民放局入社。さまざまなジャンルで幅広くドキュメンタリーを制作し、日本テレビ技術協会賞、坂田記念ジャーナリズム賞などを受賞。世界最高峰チョモランマの取材では、登山家たちが放置する大量のゴミを世界のテレビで初めて告発。1995年以降、阪神・淡路大震災関連のドキュメンタリー14本を制作。そのうち『with…若き女性美術作家の生涯』は、「日本賞・ユニセフ賞」「アジアテレビ賞」など数々の国際賞を受賞。東日本大震災の発生後は、私費で宮城県南三陸町や気仙沼市などに通い続け、映画「うたごころ」シリーズを制作。全国の劇場をはじめ各地で上映の輪が広がっている。