<失敗しないテレビ番組の作り方>情報番組には二種類の出演者しか必要ない


高橋秀樹[放送作家]
2014年3月21日

 

経験則でテレビ番組作りをすると、当然ながら昔あったような番組になってしまう。しかしこの経験則は基礎体力のようなもので、知っておけば、平板な番組に上積みすることができる。さらに、経験則の逆張りをして新しい番組を作ることもできる。

僕は『オレたちひょうきん族』など笑いの番組で、コント作家としてスタートしたが、最近は情報番組を担当することが多くなった。年相応ということである。この情報番組にも、「こうあったほうが視聴率が取れる」という経験則がある。

例えば、出演者には2種類しか必要ない、ということだ。

  • ひとつは仕切ることで価値がある人。
  • もうひとつはそこに存在することで価値がある人。

・・・の2種類である。

前者を「仕切り価値の人」、後者を「存在価値の人」と名づけることにしよう。「仕切り価値の人」はたちどころに何人か名前が浮かぶだろう。小倉智昭、古舘伊知郎、福澤朗といった人たちだ。「存在価値の人」の代表選手といえば、今は、マツコ・デラックスだろう。

番組はこの「仕切り価値の人」と「存在価値の人」の組み合わせが見事にキャスティングできた時、よい座組みができて、成功に一歩近づく。そうした観点でテレビを観ると、その座組みがなっていない番組がつまらないことに納得できるだろう。

「仕切り価値の人」がときどき、その守備範囲を超えることがある。小倉が「アマタツ」(気象予報士)と仕切っているときはよいし、古舘や福澤が見得を切るような大げさなニュースのリード(前振りのこと、僕はこの見得を切るようなリードが実は大嫌いなのだが)を言っているときもまだよいと思うが、これが、領土を越えて「存在価値の人」の仕事である自説の展開などに及ぶとチャンネルを切りたくなる。

「仕切り価値の人」と「存在価値の人」は互いに不可侵でなければならないのである。

「仕切り価値の人」として関口宏が挙げられるが、関口が長持ちするのは決して自説を述べることがなく「ほうほう、岸井さんは」という仕切り法を厳密に守っているからである。

ところで、この「仕切り価値」と、「存在価値」の両方を持っている稀有な人が時々現れ時代の寵児となる。久米宏、みのもんた、宮根誠司らである。安住紳一郎もこの位置を虎視眈々と狙っているが、『情報7daysニュースキャスター』では、「存在価値の人」ビートたけしがいるために、不可侵の位置に立っている。

その代わり「存在価値の人」であるビートたけしの笑いが一つも二つも跳ねないことが多いので、コメンテーターが追従笑いをしても、安住は鼻先で「フフ」と言うだけである。たけし潰しに作用しているのである。腹黒いことである。

なお、情報番組には「独自情報を持っていることで価値のある人」も存在し、この人は「重し」と業界では呼ばれたりするが、「独自情報価値の人」はレギュラーである必要はない。

さらに付け加えるなら、印象で批評をしていいのは「存在価値の人」だけであって、つまり有象無象は必要ないと僕は思うのである。