子どもに学校に行く義務はない?-植草一秀

植草一秀[経済評論家]

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夏休みが終了し2学期が始まる。L452R変異株では若年層の感染が一気に拡大している。学校における感染拡大が強く警戒される。この状況下でパラリンピック学校観戦はパラリンピック学校感染を引き起こす。正気の沙汰でない。

命の大切さを教えるなら、このようなときには観戦を控えるのが命を大切にする行動だと理解させるよい機会になる。卒業式、入学式、運動会、学芸会、修学旅行、林間学校など、生徒・児童は我慢を強いられてきた。パラリンピックだけは特別ということを理解できるロジックがない。論理性のない教育は有害である。こどもが論理性のない行動に突き進んでも注意できない。学校教育で何よりも大切なことは命の大切さを教えること。命のなかには心の命も含まれる。自分の命を大切にするとともに他人の命も大切にする。

コロナ緊急事態宣言が発出されているなか、集団でパラリンピックを観戦することは極めて危険な行為。このような危険な行為をしないことを理解させることが教育者の役割だ。市民による署名活動が功を奏してパラリンピック観戦中止を決めた自治体がある。

東京都は小池百合子知事が学校観戦=学校感染を推進している。コロナ感染で救急搬送を要請しても拒絶される事例が激増している。この情勢下でのパラリンピック開催強行は容認されない。パラリンピックのために巨大な医療資源が占有されている。市井では必要な医療を受けることができずに死亡する事例が多数発生している。国家による殺人、行政による殺人と言って過言でない。

コロナは突発的に発生したものではない。昨年1月から問題が本格化した。1年半の時間があり、2020年度は73兆円もの補正予算まで計上した。この1年半の間、一体何をやっていたのか。医療供給体制の整備が出発点だ。大事なことを何もやらず、利権がらみのGotoトラブル事業にうつつを抜かし、トラブルを拡大させてきただけだ。学校感染が広がれば、ウイルスは家庭に持ち込まれる。家庭内で感染拡大が発生する。

ワクチン接種が叫ばれているが、ワクチン接種をしても感染する事例がいくらでもある。ワクチンの有効性に強い疑いがある。また、ワクチン接種直後に死亡する、あるいは重篤化する事例が極めて多数報告されている。ワクチンの有効性が疑われ、ワクチンの重大な副作用が警戒される。ワクチンは新型コロナ対策の切り札にはならない。ワクチンは単なる巨大利権である。

2学期が始まり子どもたちが学校に帰るが、この学校が安全な場所ではない。いじめで苦しみ、自ら死を選択する痛ましい事例が多数発生している。子どもがいじめ被害を訴えても学校が適切に対応しない場合が多い。

東京五輪で有名になった小山田圭吾氏はかつて雑誌の取材で「マットレス巻きにして殺しちゃった事件とかあったじゃないですか、そんなことやってたし、跳び箱の中に入れたりとか。小道具には事欠かなくて、マットの上からジャンピング・ニーパットやったりとかさー。あれはヤバイよね、きっとね(笑)」などと語っていた。

れっきとした刑法犯罪である。

このような犯罪が学校という閉じられた世界で無数に発生し、隠蔽されている。学校の責任も大きい。「義務教育」という言葉があるが、完全に誤解されている。子どもたちが学校に行くことが義務だと理解されているがまったく違う。義務教育の「義務」は保護者が子女に普通教育を受けさせる義務であって、子どもが学校に行く義務ではない。子どもには「学校に行かない自由」がある。このことをすべての保護者と子どもに周知させる必要がある。学校に行かないという選択肢があることをすべての子どもにはっきりと教えることが大切だ。

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