テレビ番組制作者は「速い展開」と「ネタ数を増やす」ことを混同してはならない

高橋正嘉[TBS「時事放談」プロデューサー]
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最近のテレビ番組は速い展開を好むようだ。それはドラマもバラエティーもドキュメンタリーも同じだろう。確かに一話に詰め込む情報量は増えたように思う。
しかし、「速い展開」ということと「ネタの数を多くする」ということは別だ。最近、「速い展開」と「ネタ数を増やすこと」が混同されているようにも思う。つまり、ただネタ数を増やすことによって、むしろ無駄が多くなり、まどろっこしくなっているだけの番組が増えているように思うのだ。
先日、高倉健さんを偲び「幸せの黄色いハンカチ」をテレビで放送していた。翻案モノだけに、本筋とかかわらないところでエピソードを探しているきらいがあったのは仕方がない。本筋に向かってぐいぐい攻めていく様子がもっとあってもよいのでわ?と当初感じた。
アメリカのポップス・グループのドーンが歌った「幸せの黄色いリボン」に触発されて作ったこの映画は、最終シーンだけが最初に決まっていた。1973年にヒットしたこの歌は、

「3年服役していた若者が恋人にもし君がまだボクを必要としてくれるなら古いオークの木の幹に黄色いリボンを結んでくれ、もし結んであればバスから降りる、リボンがなかったらそのままバスに乗ってどこかに行き君のことは忘れるようにする」

というような意味の歌詞だった。山田洋次はこの歌に触発された、とどこかで書いていた。
この映画を見ていて「展開が速いということ」はどういうことだろう? と考えた。エピソードの数の問題ではない、ということはすぐわかる。本筋にかかわる仕掛けがどうされているか、ということだろうと思う。
最初からタイトルでネタが明かされている映画なのだ。

  • 何故、刑務所に入ったのだろうか?
  • 何故、離婚などしたのか?
  • 彼女は待っているのか?
  • ハンカチが飾られているのか?

そういった疑問が提案され、それが解かれていく。さらに、この映画は見ていくうちに、最初は蛇足と思われた若者の恋も結構大事だと思えるようになっていく。
そういう意味ではよく練られた映画である。わかっていても、鯉のぼりのように上がった黄色いハンカチを見たくなる映画になっている。エンドに向かって仕掛けを作り、追い込んでいく、それが「速い展開」ということだろう。
最近、エピソードばかりが増え、次々に替わっていくことが多いから、「忙しい」とばかり感じるのではないか。それを「高齢者は忙しい番組には付いていけない」と結論付けることが違っているように思える。若い人にも本筋にかかわらない「忙しい番組」には、ぐいぐい引っ張られることはないのだ。
簡単に言うと、「ため」がないということだと思う。知りたいと思うようなことが番組中に作られ、それがどうなったのかと見ていると、ちょっとした考える時間が出来る、そこに「ため」が出来る。それはどうなるのだろう、と期待するあるいははらはらする瞬間があることが「ため」を作ることだ。
「これは、どうなるのだろう?」という仕掛けが作れなければ「ため」は作れない。怖いもの見たさでドアを開けるでもよい、崖の下を覗くでもよい、覗いてみたくなる、ドアを開けてきたくなる・・・という仕掛けは必要だ。少なくともそれが本筋になくてはいけない。
その意味では「幸せの黄色いハンカチ」には「ため」があった。
最近「ため」があるのは、「YOUは何しに日本へ」(テレビ東京)のようなガチンコ取材をしているものが多い。本気にインタビューしているから、意図せずともどうなるのかわからない。意外なものが出てくるケースが多いからだろう。見ている人はどうなるか自然と考えてしまう。予期しない展開が現実にあるからだ。
ドラマもバラエティーもドキュメンタリーも、テンポばかりを意識すると「ため」のない「ネタ数だけが多い番組」になってしまう。ただ忙しいだけの番組だ。最近の状況を見ると、この先のテレビ業界が心配だ。
[メディアゴン主筆・高橋のコメント]テレビ番組の制作者は、テンポが良い展開を、単なる早い展開だと誤解している人が多すぎます。テンポが良いというのは本記事の執筆者、高橋さんがおっしゃるように、緩急、心地良い展開のことですねえ。
 
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