<極端に走る素性不明の「テレビ文化人」たち>なぜ、テレビは間違えだらけの言説が跋扈するのか?


高橋維新[弁護士]

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「女は男より劣った生き物である」

「日本人はアメリカ人より賢い」

「稲垣吾郎はこのままいくとテロリストになる」

これらは全部、極端な言説である。極端な言説は、不正確である。というよりも、大体の場合間違いである。上の極端な言説を正確にするには、極端さを少しマイルドにしてやる必要がある。

「女の中には、一部に能力が低い人がいて、彼女より能力の高い男の人もいる」

「一部の賢い日本人は、平均的なアメリカ人より賢い場合がある」

「稲垣吾郎は、今後テロリストになる可能性がゼロであると断言できる人はいない」

こうすると、だいぶ正確になる。正確にすると失われるのは、インパクトである。他者の耳目を引く力が、減退するのである。そういう意味では、極端さと正確さというのは、不可避的にトレードオフの関係にある。トレードオフというのは、「あちらを立てればこちらが立たず」という意味である。

例えば、Yahooニュースの項目の中に、

「日本人はアメリカ人より賢い」

という文言が踊っている場合と、

「一部の賢い日本人は、平均的なアメリカ人より賢い場合がある」

という文言があった場合としよう。内容の是非はさておき、どちらをクリックしてみる気になるだろうか。極端な主張というのは、それ自体にインパクトがあるので、それのみで他者の興味を集めることができる。

逆に、トレードオフの関係にある正確さは減退するので、いざ記事を読んでみると大して意味のないことが書いていたとか、単なる「釣り」だったということも少なくはないだろう。

Yahooニュースのようなウェブメディアに限らず、メディアにはこのような「極端」な言説が溢れている。テレビも、例外ではない。

それはひとえに、時間が限られていることが原因である。1分の番宣で視聴者を呼び込みたいときに、

「一部の賢い日本人は、平均的なアメリカ人より賢い場合がある」

などと当たり前のこと(そのうえ冗長なこと)を言っていたのではまるで効果がない。

VTRの合間合間のコメントで自分の言うことに耳を傾けてもらうには、あまり長いことも言っていられない。

よって、テレビは極端に走る。極端なことを声高に臆面もなく言える人に仕事が来る。正確さに気を配って「おもしろくない」うえに「長い」学者よりも、不正確でも極端なことをバンバンという素性不明の「評論家」が画面上を席捲するわけである。

その結果、テレビの言説は間違いだらけになってしまう。

「極端で間違いだらけのことを言っている人」というようにファニーな扱いができればまだいいが(例えば、「ほんまでっかTV」はそのような傾向がある)、これが真実であるかのように大手を振って歩き始めると非常に問題である。

しかし、視聴者も最近その仕組みに気が付き始めている。テレビは極端でおもしろいけど間違いだらけだということに気が付き始めている。インパクトのあることだけを喧伝するというような古臭い演出は、視聴者にそっぽを向かれ始めている。

ではどうすればいいか。

「正確だがインパクトに欠ける言説」をおもしろく料理してやればよい。正確な言説は、それ自体にはインパクトがないが、それを導き出す過程におもしろさがあることがある。これまでの研究の歴史だとか、統計だとかの話である。これを逐一紹介していくと、非常に(大学の講義レベルの)時間がかかるが、そういうテレビが受ける時代に入っているのではないだろうか。

それこそ、NHKスペシャルのような本気のドキュメンタリーである。

 

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高橋維新(たかはし・いしん)弁護士、コラム二スト。1987年、東京生まれ。2006年、東京大学法学部入学。2010年より「マヒ郎」のペンネームでファミ通町内会へ「ハガキ職人」として投稿を始める。現役ハガキ職人を続けながら、2012年に司法試験合格。2013年、弁護士登録(函館弁護士会)。ファミ通町内会長(第5代)。