コミュニケーションとは相手のことを想像する力のことなのか。


今村彩子[映画監督]

***

1月のある日、家の近くにある朝市へ行った時のことです。朝早い時間でお客も少なく、お店の人も商品を並べて、準備をしていました。豆やワカメなどの乾物を見ていると、40代ぐらいのおじさんが笑顔で話しかけてきました。

私と話したいんだなと嬉しかったけれど、おじさんの言っていることが分かりません。困ったな・・・と曖昧な笑顔で軽く頭を下げると、おじさんはまた話しかけてきました。分かったふりをするのは失礼だと思い、「私、耳が悪いのです」と思い切って伝えました。

すると、「あ・・・」と気まずい顔になって黙ってしまいました。すると、おじさんの隣にいたおばさんが状況を察したのか、「あんた、これこれ」と特売のうどんを指しました。「うどんが50円?安いですね」と答えましたが、おじさんとはそれっきりになってしまい、心残りでした。

私が聞こえないから話せなかったという思いが頭を横切りました。

その晩、聞こえる友人にそのことを話し、どういうふうに伝えれば気まずくならなかったのだろうかと相談しました。すると、「バカだなあ。あなたは自分のことしか考えていない」と言われました。「話せなくて残念に思うのは、あなただけではない」と。

それを聞いて私ははっとしました。相手も私と同じ気持ちだということに思いもしなかったからです。聞こえない人は、外見は聞こえる人と同じで区別がつきません。聞こえる人の多くは、聞こえない人と接した経験がありません。聞こえる人と思って話しかけた人に「聞こえない」と予期もしない答えが返ってきたら、軽いパニック状態になってもおかしくはありません。

変な例えですが、男性だと思って話した人に「いえ、私女性なんです」と言われたらびっくりして気まずくなるのと同じで。

その一方で聞こえない人達は、聞こえる人に話しかけられた時、「自分は聞こえない」と伝えると、驚かれることはよく経験しています。だから、どのように説明したらいいかを考えられるのは聞こえない人の方だと友達に言われ、すごく納得しました。

耳が聞こえる、聞こえないは関係なく、知っている人と知らない人だったら、知っている人が説明した方が物事はうまくいきます。

更に私は声で話すので、少しは聞こえるのかと誤解されることがほとんどです。次の朝市で、「先日は話しかけていただき、嬉しかったです。私は耳は聞こえないけれど、声で話しています。でも、相手の言っていることは分からないので、筆談または、身振りをつけてゆっくり話してもらえると嬉しいです」と書いたメモをおじさんに渡しました。

すると、おじさんは「ゆっくり話せばいいんだね。OK」と言いました。伝えられてよかったと心に残っていたしこりがなくなりました。

野菜売り場で、別のおじさんにゴボウを指して「100?200?」と身振りで聞きました。おじさんは何か言いましたが、私はもう一度身振りで「100?200?」と聞きました。すると、おじさんは、「100」と指で表してくれました。100円玉を渡してゴボウを受け取り、お礼を言うと、おじさんも笑顔で「ありがとう。ありがとうね」と何回も言いました。

言葉が異なる日本人と外国人が一生懸命、伝え合うのと同じで、お互いに相手のことを分かろうとするからこそ、伝わった喜びもお互いに大きく感じるのだろうと思いました。今でもその嬉しい気持ちははっきりと覚えています。

次回の朝市で、携帯で撮った豚汁の写真をおじさんに見せて「ここで買ったゴボウで豚汁を作ったよ」と報告しました。おじさんは嬉しそうに何かを言いましたが、分かりませんでした。しかし、最後に言った言葉は読み取ることができました。

「あんた、中国?韓国?」。

私は笑ってしまいました。その後、「あ、そうか」と思いました。前回の身振りでおじさんに私が聞こえないことが伝わったと思っていたけれど、それは思い込みだったんだ。きちんと言葉で伝えないと相手に伝わらないのだと。

「いえ、私、耳が聞こえないのよ」と答えたけれど、おじさんは私が声で話しているので、ピンと来ていないようでした。

次は筆談で「私は声で話しているけれど、相手の言っていることは聞こえないのです。だから、書いてもらうかゆっくり大きく口を開けて話してもらえると嬉しいです」と伝えようと思っています。

相手とのコミュニケーションがうまくいかないと、ああ、自分が聞こえないからと思ってしまう私に友達がいいことを言ってくれました。それは、「相手も自分と同じように話したがっているんだよ」。

それを聞いた時、私は嬉しい気持ちになったのと同時に悔しくなりました。今まで相手が私と話したいと思っていても、私が勝手に引いてしまい、それっきりになってしまった人たちもいるはずだから。

朝市のおじさんとの距離を縮めて、お互いに気軽に話せるような関係を築いていこう。これが私の今年の目標です。

 

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今村彩子

今村彩子(いまむら あやこ)映像作家/Studio AYA代表。名古屋出身。愛知教育大学教育学部卒業・大学在籍中にカルフォルニア州立大学ノースリッジ校に留学し、映画制作・アメリカ手話を学ぶ。現在、大学で講師をする一方、ドキュメンタリー映画制作で国内だけにとどまらず、アメリカやカナダ、韓国、ミャンマーなど海外にも取材に行く。全国各地で上映・講演活動をしている。主な作品に「珈琲とエンピツ」(2011)、「架け橋 きこえなかった3.11」(2013)など。