<AIに作らせた方がマシ?>「2016年版ゴーストバスターズ」は駄作

映画・舞台・音楽

高橋秀樹[放送作家/日本放送作家協会・常務理事]
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渋谷で「ゴーストバスターズ」2016年版を見た。客の入りは1割程度。オリジナル1984年版の大ファンとしては寂しい限りである。
2016年版では、主役のバスターズが男4人から女4人に変わった。アビー、エリン、ホルツマン、パティの4人である。この配役を日本人の有名人で当てはめると、アビーは渡辺えり、エリンは室井滋、ホルツマンは島崎和歌子、パティは吉田沙保里といった感じ(あくまでも筆者の見立てであり、他意はありません)。
ストーリーは(誰にとっても敵である)ゴースト(いわゆるビデオゲームでいう殺害しても非難の来ないゾンビ)からニューヨークの人々を守ると言う話だから、後は、ディテールの工夫で見せる映画である。
ところが・・・。
男から女には配役が変わったのだから、そこは何かあってしかるべきなのに、何もない。セリフには女性にありがちな小ギャグが入るが、うるさいだけで面白くない。
ケヴィンという「バカだけどイケメン」という設定の男性俳優がコメディを回す係として配されるが、主人公のひとりエリンが熱を上げてしまう、という大きなフリがあるのに、そのフリは最後まで生かされない。
ゴーストを取り囲んだ警官隊一同が、操られてゴーストと同じ動きになり、それが一大ダンスになるというくだりがあるが、こういうダンスは「さすがアメリカ、すばらしい群舞だ」となって当たり前なのに、ちっとも冴えない。
【参考】辛口映画批評サイト「ロッテン・トマト」は日本でも可能か
監督もそう思ったのだろうか、本編では群舞の大部分はカットされ、エンディングロールの背景に押しやられていた。それでも、使っているのは、ずいぶん金のかかったシーンだからだったのだろう。
「ゴーストバスターズ」と言えば、あの耳なじみのある軽快でワクワクするテーマソングだが、このテーマを入れるタイミングがまた下手である。テーマソングを入れられそうなシーンが撮れなかったと言うことがあるかも知れない。
監督も共同脚本に名を連ねているが、こうした不出来の責任はおおよそ脚本にある。1984年版のダン・エイクロイド脚本に比べ大きく見劣りがする。ハリウッド映画の脚本の一部はそのうちAI(人工知能)に乗っ取られるのではないかと危惧さえ抱いた。
ビッグ・データとマーティングを駆使して、観客の喜ぶ、客のはいる映画を作るだけならその方が簡単だろう。実際、アメリカには既にストーリー製作支援ソフトとして「Dramatica」など、いくつかが存在する。少なくとも、この「2016年版ゴーストバスターズ」よりはマシなものが作れるような気がする。
マキノ雅弘監督は映画の要諦は「スジ(ストーリー)、ヌケ(画作り)、ドウサ(役者の芝居)」の3要素だと言っているが、このうち、AIに出来ないのは生身の人間がやるドウサ(役者の芝居)だけだろう。
そのドウサ(役者の芝居)までもが見劣りするようでは、大金を掛けて作るハリウッド映画の甲斐が無い。
「2016年版ゴーストバスターズ」はそんな映画だった。
 
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