志の輔の演出力が光る「牡丹灯籠 志の輔らくご in 下北沢2016」
齋藤祐子[神奈川県内公立劇場勤務]
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今年で下北沢での「志の輔らくご 牡丹灯籠」は初演から11年目、間が空いているので9回目とのことだが、もはや下北沢の夏の風物詩になりつつあるらしい。
その人気公演、どういうわけか一般発売でポ チっとチケットが取れてしまい、いそいそと下北沢まで出かけた。毎年完売御礼、多くの動員数を誇るこの落語会、評判は常々聞いてはいる。また、近年は志の輔さんのアイデアの相関図を使っての前説を、かの五街道雲助さんも取り入れている、という噂もあり。
歌舞伎の演目としてもポピュラーなこの「牡丹灯籠」。もとは中国の怪談話とも言われ、それを三遊亭圓朝が延べ30時間に及ぶ口演の長大な因縁話として語ったもの。今で言う新作(創作)落語で速記が残っている。
なにしろ、寄席で15日間の連続口演だったという。お客さんも続きが気になるとはいえ、なんとも気の長いのどかな時代の話である。もっとも当時は寄席通いが今と違って当たり前の娯楽。今で言うテレビの連続ドラマを見るような、否、今ならYoutubeで何か面白い動画を見る、といった極めて日常的な娯楽だったということなのだろうが。それにしても、15日間、毎日2時間前後の長講を続きものとして聞かせるそのチャレンジ精神には恐れ入る(ついてくるお客さんも偉いが)。
【参考】<大衆的落語の挑戦>「志の輔らくご」は落語を超えたエンタテイメントになりうるか?
志の輔さんの「牡丹灯籠」はその長講の速記本をもとにし(今は岩波文庫でもでているようだが、流れるような名調子の口演で一気に読めるらしい)、そのエッセンス、口跡を守りつつ、思い切ったダイジェストにして前半は相関図をもとに解説。
後半は今も口演される「お露と新三郎」「御札はがし」「栗橋宿・おみね殺し」「栗橋宿・関口屋強請」までの4演目をおよそ2時間ちょっとで口演。・・・という卓抜な編集能力を感じさせる超絶企画ということらしい。
前半の笑いを交えた解説編を終えて、10分の休憩に入る直前、志の輔さん自ら「初めて落語会に来た人は絶対ここで帰らないでください。ただでさえ、ここまでは普通の落語会じゃないですから。ここで帰っちゃったら、落語を初めて聞いたけどなんだかケーシー高峰みたいだった、ということになっちゃいます」とかなり本気で呼びかけていたのが印象的(隣席の40代女子はすかさず「ケーシー高峰、わからないって」と突っ込みをいれていたが同感である)。
この試みの肝はそもそも、初演当時、寄席に通って聞く15日間の体験を、1日しかも3時間ほどで演じる切ることで伝えようとすることである。
流れるような名調子で決して長さを感じさせない圓朝の高座を、現代のライフスタイルと時間軸に移して、限られた時間でその真髄を見事に演じきろうというものなのだ。その志の輔さんの決意や自信を感じたのは、しかし「長すぎる」後半を聞き終わり家に戻ったあとだったのだが。
【参考】落語研究会出身というだけ宴会で余興を強いるバカリーマン
正直にいうと、後段の落語編の最後の30分は辛かった・・・。久々の落語会だからと上演時間を確認しないまま、浴衣でいったのが最大の敗因だろうか。帯は結び目を作らないかるた結びにしたものの、低反発のクッションもなく、かつ着物のせいで足が組めないのがつらく集中力が持たなかった。
とはいえ、通常1回の落語会では聞き切れない4演目を一気呵成に聞ける経験はなかなかない。圓朝とはまた違う現代の名調子で、長大な因縁話のすべてを一気呵成に聞くという体験は耳福だろう。
来年はぜひ、もっとリラックスして最後まで集中力を途切らせずに聴きたい。おっとその前に、まずは圓朝の速記本を読んでみなければ。
来年聴きに行く方は、ぜひカジュアルな楽な格好で、緊張せずに聞くことをお勧めする。
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