<テレビが撮れない?>大学院監督のドキュメンタリー映画『主戦場』が秀逸

映画・舞台・音楽

両角敏明[元テレビプロデューサー]

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「外出したらコーヒーと東京新聞」が筆者のルーティンです。東京新聞と言えばキッパリとした権力監視の姿勢が明快です。

看板記事は「こちら特報部」でしょうが、これに添えられた150字にも満たない「デスクメモ」も実に明快です。あるデスクメモの全文。

『「嘘の横行」も平成の巨大な負の遺産だ。無理もない、時の総理大臣が「息をするようにうそをつく」のだから。しかし、なお悪いのは「それを見ながら、何もしない」ことだ。うそを暴くのを断念すれば結局、うそつきを利する。今日は真実追究への強い意思を再確認したい。(典)』

これは令和初日、5月1日のデスクメモです。その3日後、5月4日・憲法記念日翌朝の一面トップの見出しは『平和憲法 令和も守る』。護憲派集会の記事の見出しではあるものの、東京新聞の姿勢がキッパリと表れています。

東京新聞でもうひとつの人気は、「こちら特報部」の横にある500字ほどの「本音のコラム」でしょう。執筆陣が多士済々で、筆者の最近のお気に入りは青山学院大学長の三木義一さんの駄洒落コラムです。税の専門家ですから、その方面のテーマも多いのですが、落語や昔話、歴史上のエピソードなど該博な知識をベースに世情をチクリと刺しながら駄洒落で落とすパターンは時に秀逸です。

【参考】<映画「サバービコン」>不思議なタイトルから読み解く良作

前川喜平氏も執筆者のひとりです。政界に人材不足の今こそ前川さんが一党をなして時代を切り開いていただけないかという期待も大きいかと思うのですが、ご本人のご関心は教育問題のようで、ここではユーモアの味付けもせずに正面から教育について書いておられます。

そして「本音のコラム」と言えばなんと言っても文芸評論家・斎藤美奈子さんでしょう。優れた視点と感性が織りなす文章は相変わらず毎週の楽しみです。5月8日は「ネトウヨ検定」というタイトルでしたが、「主戦場」というドキュメンタリー映画について触れていました。このところ筆者のアンテナ感度は鈍るばかりで、お恥ずかしくも「主戦場」なる映画についてまったく知りませんでしたが、斎藤さんのコラムに触発されて青山学院にほど近い小さな建物に出かけました。

ドキュメンタリー映画などに客が入るためしがないと高をくくっていたのですが、100席足らずの箱とは言えなんと満員札止め状態。結局立ち見で鑑賞というハメに陥りました。立ちっぱなしで時間とともに脚が痛み、己のアンテナ感度の鈍り具合いを呪いましたが、作品は驚きに満ちておりました。

監督は日系アメリカ人のミキ・デザキ氏。一昨年、大学院生だったデザキ氏が学術研究の一環という意味合いもあって卒業制作したのがこの作品です。主たるテーマは慰安婦問題ですが、南京大虐殺、安保法制、憲法論議など様々な問題も入ってきます。日米韓を中心に多くの人々のインタビューを極めて速いテンポで積み重ねて行く手法で、時に字幕を追うのが困難なほどです。

映画の内容には立ち入りませんが、筆者が非常に印象的に感じたのは、半ば学生のつくるドキュメンタリーに杉田水脈衆院議員、ケント・ギルバート氏、藤岡信勝氏、櫻井よしこ氏、加瀬英明氏(日本会議代表委員)などのお歴々がインタビューに応じ、しかも「えっ!」とか「あっ!」とか驚くような発言をされていることです。日本会議は、この映画における各氏の発言は日本会議の正式見解とは異なるという声明を出していますが、デザキ監督に対し各氏の一部から不満の声はあるものの、大きなトラブルとなってはいないようです。

世の中には、保守、リベラル、右、左、パヨク、ネトウヨ、いろいろな方がおられます。このドキュメンタリー映画はそのいずれのプロパガンダ作品ではないことを申し添えた上で、そのどなたが観ても「えっ!」とか「あっ!」とか驚くであろう発言が飛び出してくる刺激的な作品であることを指摘しておきます。ほとんど単館上映のような状態で、この映画を観るのは簡単でない方も多いのですが、「えっ!」とか「あっ!」とかをどう受けとめるのか、鑑賞をお奨めしておきます。

それにしても、新聞メディアとして「主戦場」を明確にしてるように思える東京新聞。それに対し、大学院生が撮れるものをなぜテレビメディアは撮らないのか、撮れないのか・・・。テレビメディアの状況や制作手法など、テレビOBとしては気になるところの多いドキュメンタリー映画ではありました。

 

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