<斜に構えた若者たち>なぜ女子大生風俗嬢はテレビカメラの前で泣き崩れたのか

社会・メディア

高橋正嘉[TBS「時事放談」プロデューサー]

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情報番組であろうがなかろうが、「ネタを探す」というのはある意味「人を探す」ということだ。興味あるネタにするには、その人の紹介だけで終わってはいけない。
この先どうなっていくのだろう? という関心が生まれるようなものにしなければならない。紹介だけに終始すれば、関心を繋ぎとめておくためには、芸人の間断なきトークが必要になっていく。
この先どうなるだろうという関心を持つネタを探すのは確かに難しいが、それがノンフィクションの魅力である。それが見つかれば芸人に頼ることもない。
以前、学生を中心に取材して番組を作ったことがある。学生の中には社会に積極的にコミットしていこうとする人々と、社会に対してどこか斜に構えている人とがいる。
最近は積極的にコミットしていこうとする人が格段に増えたように思う。就職の内定をもらいたいがために、3年生のうちから100社以上も応募しようとする意思があるのは、積極性があるとしか言い様がない。背に腹は代えられないというが、昔も確かにそうだった。
だが、どういうわけか昔から、一定程度斜に構えてしまう学生がいるものだ。20代の若者には確かにそういう一面があるのだろう。別に拗ねているわけではないが、どうしてもまっすぐには向き合えない。
まっすぐにコミットしたいと思う人も取材したが、どこか拗ねている人々も取材した。内面を知れば知るほどそうした人が興味深くなる。
新宿界隈で取材をした時のことだ。新宿にはさまざまな仕事を斡旋する人がいる。その人から新宿で働く学生の話を聞いた。彼はどこにどんな人がいるか詳しい。本当に苦学生で生活費を稼ぐために働いている人もいた。
しかし、どこか拗ねている感じの女子大生を一人紹介してもらった。頭のよさそうな女の子だった。彼女は、風俗の店と呼ばれる所で働いていた。そんな彼女と打ち合わせをし、撮影したいということ、撮影の趣旨や考え方などを説明し、撮影の了解を得た。
撮影当日は彼女が住んでいるアパートにも行った。この年齢の女子大生にしてはこぎれいで立派なアパートだった。そして撮れる範囲で一日を追った。
夜、撮影の終わりは静かな小料理屋で軽く一杯やりながら話を聞くという設定にしていた。レポーターは今ではかなり有名になっている人である。レポーターに頼んだことは「インタビュー」ではない。インタビューはこれまで散々やっていた。頼んだことは「何故、こんな無理して仕事をしているのか? 何故、拗ねて心をすり切らしているのか?」を話し合ってほしい、ということだった。
「拗ねていると思うということ」を説明するのは難しいと思ったが、レポーターの彼には出来ると思った。そして結論が出るわけではないから、話が終わったら、そのまま一人で出て行ってほしい、ということを頼んだ。
そして、カメラマンには、彼が出て行ったらそのままカメラは動かさず、固定したままずっと撮影を続けてくれ、と頼んだ。

「仕事を続けているのには明確な理由などない。」

ただ拗ねているというのは彼女にとってはそれなりの「重さ」のあることだった。

「社会に信じられるものが見つかっていない。」

そんな風に感じられた。
彼女から説得力のある言葉は出てこない。しかし、伝わるものはあった。話が終わりレポーターがいなくなると、彼女はそのまま全く動かず、しばらく泣き続けた。それはかなり長い時間続いた。
放送が終わり、すぐに筆者は次の仕事でしばらくの間海外取材に出た。珍しくちょっと長い取材だった。当時、まだ携帯電話はなかった。
海外取材から帰ってくると、筆者のデスクにメモが残っていた。彼女が会社に訪ねてきていたようだった。彼女はどこか気になる人だった。こちらから電話をしてみたが繋がらなかった。住んでいたアパートでも店でも捕まらなかった。「その源氏名の子は辞めた」のだという。連絡はつかず、結局、彼女がどんな用事で筆者を訪ねてきたのかはわからなかった。
そして、それっきりになった。もちろん、探す手がかりはなかった。後は大学だが、それはやるべきことでもない。何を言いに来たのかわからないままだった。
ただ、撮影が終わった時の彼女を思い浮かべれば、いつものような明るさに戻っていた。テレビに出ると決心したのは何かを吹っ切ろうとしたのかもしれない。あれからずいぶん時間が経ったが、相変わらずどこか斜に構えた人生を送っているのか、まっすぐ社会に向かっているのか、どちらなのかよくわからない。
だが、今でもこの後の彼女の人生が気になっている。
 
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