<必要なものだけ残した無駄のない芸術>歌舞伎役者・坂東玉三郎が演出するダンス舞台「バラーレ」で目指したもの

映画・舞台・音楽

熊谷信也[新赤坂BLITZ初代支配人]

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歌舞伎役者・坂東玉三郎が演出するダンス舞台「バラーレ」を見た。
赤坂ACTシアターに登場したダンサーは日本を代表する「DAZZLE」(ダズル)というストリートダンス・パフォマーの若い男性9名。彼らは1996年の結成以来、成長を続け、その姿勢が坂東玉三郎氏の目にとまったわけだ。
ストリートダンス、コンテンポラリーダンス、呼び方は様々あれど「ダズル」は独自の観点で独自のスタイルを踊ってきた。振付家のパパイア鈴木は、

「DAZZLEというのはDAZZLEというジャンルでさえある」

とそのオリジナル性を評価している。
2011年にはルーマニアのシビウ国際演劇祭招聘。2012年 にはイランのファジル国際演劇祭で審査員特別賞の他4部門受賞している。そんな彼らと歌舞伎役者坂東玉三郎氏との出会いである。玉三郎氏はもともと歌舞伎のDNAの方ではない。養子として芸道をスタートさせた人物だ。このことがストリートから出てきたダズルとの共通点であるように思う。
人間国宝・坂東玉三郎氏であれば、名だたるクラシックバレエダンサーを世界から集めることも不可能ではないはずだからだ。もちろん、こちらの憶測に過ぎないのだが。
今回、「バラーレ」で坂東玉三郎氏が選曲したのは、なんとクラシック音楽であった。ビートのあるオリジナル音楽でしか踊ってこなかった彼らにとっては大変だったと思う。主宰の長谷川達也氏曰く、「拍子やカウントが取れない音楽なんですよ」と。

  1. ストラビンスキー「春の祭典」34分
  2. マーラー「交響曲第4番」22分
  3. 「アルゼンチンタンゴ」23分

「春の祭典」は34分のノンストップで踊り倒す。「春の祭典」は強烈であった。自然界の雄大さ、自然界の残虐さ、それに翻弄される人間の非力さ、それを休むことなく踊りで表現し続けるDAZZLEの肉体の強靭さ。
地上で起きうる天変地異に対して、人間は自然への畏敬の念として神頼みにせよ悪魔祓いにせよ、貢物による危機回避の祈りを捧げてきた。荒ぶる神=自然をなだめるための犠牲(プレゼント)が、あろうことかズバリ人間の命そのものであることもあっ た。科学が「今の科学」ではなかった時代のことだ。
例えば、北アメリカの太平洋側北西部海岸の先住民による儀式・ポトラッチ。村では一年に一度、川を挟んだ対岸で祭りが開催される。宴の終盤で共同体Aは、共同体Bの面前で一番高価である壷を割る。それを見ていた共同体Bも共同体Aを安心させるために一番大切なものを破壊する。
時に奴隷を殺し、どんどんエスカレートに歯止めが利かなくなる。永遠の贈与・・・。そうしたことを見せ合うことで2つの共同体は争うことなく和平を約束する。あまりにエスカレートしたことでカナダ政府、アメリカ政府はポトラッチを19世紀末に禁止した。
「犠牲」というキーワードで踊りを楽しもう。
自然界のダイナミックな生命の営みを彼らのダンスに見ることができる。ピナ・バウシュやモーリス・ベジャールが挑戦してきたこの音楽を通して、坂東玉三郎氏は高らかにダンスの演出家としての宣言をここにしたのだ。
マーラーの交響曲第4番は別名「平安なる死」とも言われているらしい。
よちよち歩きの赤ん坊から青年期を経て足取りのおぼつかない老人になるまで、人間の一生を描くダンス。耽美な旋律。総勢34人で表現される人間の盛期。その華々しさには涙を誘われる。人間の盛りの時期があまりに短すぎるからなのか、美しすぎるからなのだろうか。
そして理由もなく、夏の雲間にぽっかりと出現した大きな青空、広大な台地に沈もうとしてメラメラと燃える巨大 な落日。音楽と彼らの踊りからそのものたちが一瞬垣間見れる。
そしてアルゼンチンタンゴ。
これに言葉は要らない。踊りはコミュニケーション。食器を買ってショーケースから 一度も出さずに愛でる人がいる。しかし、あくまで器は使われてこそ、その輝きを発揮するのだ。使って何ぼ、ショーケースに入ったままでは価値はない。
踊ることは生きること。ダンサーにとって踊ることは会話以上のものであるに違いない。踊ってこそのダンサーなのだ。そのような踊りと感性を足して足して最後はそれをそぎ落とし、そぎ落とし、結果、必要なものだけ残した無駄のない芸術。そうしたものを今、坂東玉三郎氏は目指しているのだと思う。語りすぎたかもしれない、いい舞台は人を饒舌にさせる。
最後に玉三郎氏が最近発言した言葉を思い出す。

「1物語性、2音楽性、3構成力、4個人芸。この四要素があれば、オペラのように長く多くの人に支持されると思うのです」

そうだ、やはり坂東玉三郎氏の芸術への旅は始まったばかりに違いない。
 
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